神と罪のカルマ オープニングfirst【02】



《ニュースを続けます。昨夜、連続コンビニ強盗の犯人が逮捕されました。犯人は……──》

「……よしっ」
 茹で上がったパスタを素早くボウルへと移した。
 それも市販のものではなく、パスタマシーンで作られた本格的なものをだ。
 ボウルへと移したパスタにオリーブオイルを掛け、すでに切ってあった大量のキャベツ……ではなく、その芯とベーコン、手製であろうピリ辛ソースを加えてトングでかき混ぜる。
 見るからに美味しそうな色をしたソースが全体にいきわたれば、調理台の上に並べてあるパンたちの切込みに一つ一つ溢れるばかりに挟んでいく。
 パスタだけでも十分に食欲をそそられるというのに、パンを足されることで増々その気持ちが高まる。
 全てのパンに挟み終えれば、次は隣でコツコツを煮ていた鍋の蓋を開けて中身を確認。
 こちらはキャベツの芯を中心とした色とりどりの野菜スープだ。具材はすでに柔らかく、香ばしさを漂わしている。
 きっと、口の中に含めば素材のとろけるような感触を味わうことが出来るであろう。
 あとはこれを専用の皿によそうだけ。
 ピリ辛パスタパンと野菜スープ。本日の賄い料理は完成である。
 近くに置いてあったトレイに賄い料理を二人前載せ片手で持ち、もう一方の手でグラスを二つ掴む。このまま歩いて此処、調理場の出口へと向かう。
 目指すは隣の休憩室。
「出来たかぁ?」
 途中、休憩室の方から男性の声が聞えた。
 出来たかとは、賄い料理のことだろう。
「いま、そっちに持っていくッスよ」と返事するも間髪入れずに「あと二秒」と無茶振りな言葉が返ってきた。
「早く持ってこい。すぐ持ってこい。テレポートして持ってこい」
「俺、職業料理人なんで無理ッス」
 無茶振りにも程がある。

 日本という名の国にある、とある土地のとある都会。
 そこには幅広い世代に親しまれ、昼でも夜でも客の足が決して途絶えることのない人気の料理店が存在する。
 その名も『グーテンターク』。意味は、『こんにちは』。
 店名はドイツ語だが、此処で扱う料理はすべて和・洋・中の創作料理。店の料理を口にした客人は一生その味を忘れることはないとまで言われている。
 また食べに訪れたい。新しい料理も楽しみだ。
 誇りと努力によって生まれた料理、それを愛する人々によって支えられる店。
 それが『グーテンターク』だ。

 誇り高き料理人が集まる場所。そこに青年は働いていた。
 日本人の平均身長を超える長身。店内に合わせられた黒の調理服を身に着け、捲られて見える腕はとても頼もしく感じる。
 切れ長な目は漆黒の色を宿し、女性が好むであろう整った顔立ちをしている。
 そして、何よりも目が惹かれるのは髪の色だ。瞳と同じ地毛であろう漆黒の髪に、不規則に染められた金の髪。
 二色の短い髪を一番の特徴とする青年――財峨仁樹(ざいがひとき)。
 グーテンタークで日々修行に励み努力する若き料理人の一人である。

「お待たせしました」
「待たされました、っと」
 休憩室に入ると中央に位置するテーブルの近くに一人の男が座っていた。
 前髪を上げた黒縁眼鏡。彼もまた日本人離れした長身を持ち、身には黒い調理服。つまりは料理人。
 先ほどの会話からして仁樹の先輩にあたる人物であろうと思われる。
 手に持っていたグラスをテーブルに置き、トレイから賄い料理を先輩の前に並べていく。
 出来立てで漂うその匂いは午前中、働きに働いた二人の鼻を刺激する。
「見事にキャベツの芯尽くしだな」
「大量のキャベツ切ったんで」
「まぁ、こうなるわな」
 仁樹も席に着いたところで自分たちの手を合わせる。いただきます、と口からは食材への感謝の気持ち。
 先に手を洗っていたのであろう手を伸ばしパンを掴む先輩。だが、すぐに口へとは運ばず、じっくりと後輩の料理を見つめる。
「洋風焼きそばパン……、よく思いつきそうなやつだ」
「やっぱり言われた。厳しいッスね、ホント」
「料理という世界は元々厳しいんだよ。知ってんだろ、アホ」
「勿論知ってるス。俺がアホでした」
 美味しくなければ食べてもらえない。味覚の前にも、美味しそうに見えるものでなければ振り向いても貰えない。
 料理の世界とは厳しく大変で辛い。
 しかし、自分はそんな世界が好きだった。目の前の先輩もそうだ。
 困難な料理人の道を何処まで行けるか……、いや、何処までも行ってやる。二人はこの世界に挑戦しているのだ。
「……んー、微妙」
 その挑戦している最中、先輩からの厳しい評価を頂く。
「駄目ッスか。ソースには自信あったんスけど……」
「いや、パスタはいいんだよ。パスタはな。けど、パンがなぁ……」
 先輩の料理人歴は11年。鍛えられた鋭い味覚での容赦ない駄目出しは最早お約束。だが、それは後輩の仁樹にとってありがたいこと。
 駄目出しを恐れていては成長なんか出来やしない。世界への挑戦など尚更だ。
 進むために必要なものなら、喜んで迎え撃とう。
 ……だが、たまに蹴ったりなどと暴力的に駄目出しをするのだけは止めてもらいたい。
 自分が作った料理の評価を聞きながら、片手をズボンのポケットに突っ込む。
 すぐに出てきた手には何かが掴まれている。
 手帳だ。それもよく使い込まれているようで、表紙にはしわや折り目が深くはっきりと見える程に何本も出来ている。
「残っていたパンをそのまま使ったんスよ」
「そのままってのが勿体無いなぁ。そのせいで、パスタが孤立してる」
 冷静に料理を分析しながら、先輩もズボンのポケットから手帳を取り出した。
「俺、昔すげぇ美味い焼きそばパン食ったことがあってよ」
 挟んでいたメモ用鉛筆で何やら手帳に書き始める先輩。
「パンにクルミがはいってたんだ」
「クルミって焼きそばと合うんスか?」
「合うから旨かったんだろ?」
「なら、このパンにもクルミを混ぜたら合うッスかね?」
「あー、それだったら――……」
 先輩と話しながら、仁樹も手帳に書き込む。
 内容は、今回の賄い料理について。先輩から貰った評価や駄目出し、アイデアをきめ細かく書いていく。
 勿論、賄い料理だけではない。相手が作った料理への感想、お客に出す料理への反省、新しい料理のことなど。料理に関したことなら何でも記憶する。
 グーテンタークの料理人たちは仕事の休憩時間を料理の研究に費やし、毎日を大体はこのように過ごしている。

 しかし、今日は一つだけ違った。

《──……容疑者は「金が欲しかった」「生活に困っていた」と容疑を認めているとのことです》

「犯人捕まったんだな」
「そういや、この犯人、俺のアパート近くでも事件起こしてたみたいッス」
 夜の帰り道、近所のコンビニ前にパトカーが止まって店員と事情聴取していた光景はまだ記憶に新しい。
「しかし、流石都会だよな。あっちで事件が起きれば、こっちに事件ってよ」
「都会だから事件が多いってわけじゃねェんスけど……」
 因みに、先輩は北海道のとある工業港湾都市出身。以前に、「ゴミ投げてこい」と言われて仁樹は驚いたものだ。
「まぁ何がどうあれ、犯人も捕まったって事で一つ平和が訪れたな」
「すげェ小さな平和ッスけど」
「馬鹿野郎。その小ささが積み重なって大きな平和になるんだよ」
 なんと。いきなりスケールの大きい話になった。
「つうか、小さいとか言うな。確かに世界からみたら小さいが個人からすれば大きいんだぞ」
「すみません……」
 確かに軽率だ。
 地球全体から、他の地方の人間からみても小さいことかもしれない。だが、関わってしまった人間は違う。
 今回の事件、強盗にナイフを向けられた店員たちにとっては大きな問題である。
「大小関係なく平和がいい。事件が起きて喜ぶのはマスコミぐらいなもんだよ」
『平和』。
 変わりのない、世が安穏であることを。
 その単語を耳にしたとき、仁樹の頭に一つの疑問がよぎった。
 よく考えられそうな、きっと先輩に聞いたら間違いなく「ガキか」と言われてしまうようなもの。
 だが、どうしても気になって仕方が無い。
 馬鹿にされてもいい。「先輩」と呼びかけ、仁樹は問う。
「先輩にとって、『平和』ってなんスか?」
「てめぇはガキか」
 案の定、暴言を吐かれた。最後のひとかけらであるパンを口に放りかけながら呆れた目で仁樹を見る。
 だが、呆れながらも「悩むなぁ」と頭をかきながら、その子供のような質問を真面目に考えてくれる。
「なんだろう。こう……親に向かってよ、ガキが口を開けたら当然のように食べ物がはいってくることとか?」
「あー……、なんとなくわかります」
『豊か』。多分、先輩はそう伝えたいのだろう。食べ物を奪い合うだけでも、争いが起きる。
 人は食べ物無しでは餓死して死んでしまう。食とは生きるために必要なものなのだ。
「なんか、料理人の答えとしてかっこいいっスね」
「だろ?」
 ドヤ顔で返ってきた。かっこよさが台無しだ。
 殴られるので決して口にはしない仁樹。だが、心の中からのツッコミは絶対に忘れない。
「じゃぁ、次お前な」
「……はァ?」
「なんだぁ、俺だけに答えてさせようとしたのか? ふざけんなよ」
 ……こえェ。ガンを飛ばしてくる先輩が無茶苦茶こえェ。
 眼鏡で隠されているが、先輩の目は鋭く、不良顔。逃れるように仁樹は目線をずらすが、まるで意味が無い。
 視線だけで相手を倒せることが出来そうだ。
「答えなきゃ……」
「あ゛ぁ?」
「駄目っスよね」
 大人しく負けを認め答えよう。大体、この先輩に勝てるわけがない。
 ばれないように小さく息を吐き、スプーンでスープを混ぜながら『平和』について頭を働かせる。
 改めて考えてみると、難しい。同じく悩んでしまう。
 答えが浮かばないのではない。
 浮かび過ぎるのだ。

 先輩のいう『豊か』もまた一つ。
 自分の意識で動く『自由』もまた一つ。
 人と愛し愛される『愛情』もまた一つ。
 よく学び教わる『教育』もまた一つ。
 身体を支える『医学』もまた一つ。
 自然を守ろうとする『環境』もまた一つ。
 より暮らしやすくする『技術』もまた一つ。
 それらすべてを合わせた『幸せ』もまた一つ。
 言い方、見方を変えてみるだけて『平和』に繋がる。
 関係のあるものは山ほどある。
 その中で、自分に最も合う答えは何か?自分が最も納得する答えはなんだ?
 自分にとっての『平和』とはなんなのか───?

 休憩時間終了まで残り僅か。
 流石にこの時間には無理だと、明日にでも仁樹弄りのネタとして使おうと先輩が立ち上がろうとした。
「『戦争がない』こと……」
 仁樹の口が開いた。
「あぁ?」
「なんスかね。上手く言えねェんスけど……」
 食べ終わった食器に手を伸ばして纏めながら、相応しい言葉を探す。
「『戦争がない』っていうより『命の奪い合いがない』って方が正しいかも知れないッス」

 日本が戦争放棄を宣言してから何十年。
 戦争を知らない人間にとって、最後の戦争は遠い昔の出来事に思えるだろう。
 しかし、それは何百年前の出来事ではない。何十年前の出来事だ。
 日本の国はつい最近まで『戦争』をしていた。
 異国同士との『命の奪い合い』をしていたのだ。
 忘れることのない大きな傷跡を残して――。

「……これまたスケールのデカい話になったな」
「最初に大きくなったのは先輩の『平和』発言なんスけど……」
「なんだって?」
 またガンを飛ばされた。
「まぁ俺の考え方じゃ、そんな『平和』は永遠に来ないっスけどね」
 命の奪い合い、殺し合いなんてものは『平和』の対義語である『戦争』を放棄してもなくなることはない。
 今回のコンビニ強盗の件だって当てはまる。
 もし犯人が凶器を振り回し、被害者側も防衛本能で凶器になりかねないものを振り回したらどうなる。
 ここで命の取り合いの始まるではないか。
 ただ、こういうケースは多分極少数でほとんどありえないだろう。
 コンビニ強盗とかが持つ包丁やナイフは脅し用だと考えるのが一般的。人を殺そうとは思ってはいない。
 彼らの目的は金を奪うことだ。被害者側だって、金で危機的状況を回避出来るなら直ぐに渡すだろう。
 だが、命の奪い合いとは何も凶器や刃物のぶつかり合いだけではない。
 例えば、医学ではどうだろうか。
 医学にも限界がある。日本の法律で認められてはいないが、安楽死はどうだ。
 身動きも苦しくて生き地獄を味わっている患者に楽にさせてくれ、と頼まれ医師が安楽死させた場合。
 それは紛れもなく命を『奪った』という事になる。頼まれたにしろ、誰も責めなかったにしろ事実は残る。
 例えば、食料はどうだ。
 つい先程食べたスープやパン。当然命あるものから出来ていた。それらを刈って自分たちは生きている。
 生きる為に命を懸ける、動物との命の奪い合いである狩りをする民族だって存在する。
 命を奪わないと生きていけないのだ。
 命を奪い合うことがない世界なんてない。
 そんな『平和』は無理だ。
「そんな『平和』があったらよ、人間なんかとっくに狂って死んでるわな」
仁樹が言いたいことを理解してくれたのか。いつの間にか口にくわえていた煙草を吹かし、何処か遠くを見つめる。
「豊かとか命の奪い合いがねぇとかってーのは、『世界』にとっての『平和』かもしんねぇな」
「『大きい平和』ってことっスか?」
「『個人の平和』で考えりゃぁ、俺は一生側にいてくれる女がいて煙草吸えるだけで『平和』だな」
 火のついたタバコを灰皿に押し当て、今度こそ立ち上がる先輩。大きく伸びをして首を動かして音を鳴らす。
「てか、大体のやつらがそうだろう。家族やダチ、好きな奴がいて毎日くっちゃべって馬鹿やってることが『平和』だってよ。〝九年前〟、全員でそれを再認識したはずだぜ?
 そんな『個人の平和』っつう『小さな平和』が積み重なって『大きな平和』になるんじゃねぇのか?」
『小さな平和』と『大きな平和』――。
「結局、そこに辿り着くんスか」
「辿り着くんだなぁ、これがぁ。……つうか、どうしてこんなにシリアスでスケールのデカい話になった?」
「テレビの力っスよ。ニュース見て先輩が平和とか言い始めたんじゃないっスか」
「あぁ?俺だけのせいにすんな。てめぇだってガキみたいな質問してきたじゃぁねぇかよ。しかも、厨二病みたいな答え方しやがって」
「真剣に考えた答えッスよ!断じて厨二病じゃねェッス」
「抜かせ。あれは少年漫画やゲームとかでの主要キャラがいいそうな台詞だ」
「いいそうであって実際に言ったキャラいたんスか?」
「いるぞ、絶対。週刊少年雑誌系に……」
「……」
「……」
「……この話題やめるか」
「そうスね……」
 今のやりとりはなんだったのだろうか。いや、考えるのは止めよう。
 あまりにも子供染みた口喧嘩をした自分に呆れてしまいながら、壁に掛けてある時計の時刻が目に入る。
 話に夢中で仁樹は気づかなかったみたいだが、休憩時間終了まであと数分となっていた。
「ヤベッ。皿洗ってねェ」
「ちゃっちゃと洗ってこい。俺は先にディナーの準備してんぞ」
「うっス」
 さぁ、仕事の時間だ。
 纏めた皿をトレイに乗せ、休憩室を出た先輩を追う。

 調理室に入り、自分の賄い料理が並べてあった調理台に目を向ける。
 そこには何も無かった。そのまま洗い場へと視線をスライドさせる。
 トレイに乗せられている皿と同じものが流し場に山となっておいてあった。
 枚数はグーテンタークの従業員と同じ数。
 にやり、と口元が無意識に笑う。
「お前のそういう顔見てんと、初心に帰るよなぁ」
 作業に移る先輩の隣を通り、調理台の上の鍋を確認。中にはスープの姿は無い。
 完食。それは料理人にとって最高の喜び。
 だから笑みを隠せない。
 喜びに浸りながら近くに置いてある調理帽を被る。
 腕を捲り直し、手を洗ってスポンジを握り、手慣れた手付きで皿の汚れを落とし始める。
 皿を洗い、棚へ片づけるまでが料理だ。

 いつの間にか、外出していた料理長が帰ってきたらしい。
 後ろの方から先輩との会話が聞こえる。今日のディナーの予定だろうか。料理の名前が次々と二人の口から出てくる。
 時に、料理長に鋭いツッコミを入れる先輩の声。
 尊敬する先輩と師の面白可笑しい会話を聞きながら、せっせと手を動かす仁樹。
 早く、次の料理を作りたい。
 子供みたいに、密かにうずうずしながら『料理』を続けていく―――。





 こうして、本日の休憩時間は終了した。








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