神と罪のカルマ オープニングfirst【03】



「ついにこの時がきたのだな」

日本独特である和の雰囲気に包まれた部屋で、老人が重々しく口を開いた。
「半世紀以上、長かったですね……」
「はい。この日をどれだけ待ち望んだことか……」
 涙を流す老婆に、そばにいた若い男が布を差し出しその思いに賛同する。
 和の部屋には老人老婆……だけでなく多くの年代である老若男女が座っていて、それぞれ歓喜の声を震わせる。
「これでやっと……思いが果たされるのですね……!」
「私たちの胸に刻まれたこの思いが……!」

「あぁ、そうだ。そうだとも同胞たちよ」

「あぁ、あ……!!」
「う、うう……!」
「喜ぶのだ。そして、泣くのだ。これは『我が一族の願い』……。それが今、果たされる時がきたのだから……」
 老人の言葉に部屋にいる者全員が涙を流した。
 部屋中に響かせるように泣く者。静かに泣く者。寄り合って泣く者。
 悲しみによるものではない。
 長年の、待ち続けた願いが叶うことへの喜びを表した涙だった。
「決して……、この涙は恥じるものでは無い。我らの涙は一族の涙。半世紀以上、この日を待ち望んだ辛さや悲しみ、願いを、全ての思いを含む大切な涙だ。誇り。誇りの涙だ」
「う、あっ……!」
「『主』様……、『主』様……!」
 立ち上がり、高々と語る『主』様と呼ばれる老人に部屋の者全てが平伏す。
 敬意ある平伏し。彼らの心の支えであり、指導者である老人への敬意の表し。
「『主』様!我々にとって、貴方様が、貴方様の存在こそが、『一族の誇り』であります!」
「『主』様が貴方様であったから、我々は諦めずにいられたのです!」
「貴方様だからこそ、私たちは付いていこうと思えたのです!」
「貴方様が、我々に生きる意味を教えて下さった!」
『主』様、『主』様、『主』様!
 部屋中が老人を敬い、褒め称える声で埋もれ、老人の頬に一筋の涙が流れた。
「何を言う、私はお前たちがいたからここまでの苦しみに耐えてきた。
 それに、褒め称えるのなら『東の者』であろう。こやつがいなければこの思いは果たされなかったのだからな……。
 なぁ、『東の者』よ」
 己の最も近くに平伏す男―『東の者』に声をかける。
 男は顔を上げる気配は全くない。平伏せたまま老人に言葉を返す。
「いいえ。褒め称えられる人間などではありません。私は貴方様に出会わなければ全てを諦めておりました。
 私がこうして思いを果たす手助けになれたのも全て貴方様があってのこと」
 平伏す彼の手に力が入る。
 震え、彼は泣いている。泣いている姿を見られたくないのだ。
「顔を上げよ」
「私はいま、とても見苦しい顔でございます。『主』様に失礼である顔です……」
「先ほども言ったであろう。この涙は誇りだ。堂々と見せよ。お前の生きている証を」
「……!『主』様!!」
 顔が上がる。
 涙でぐちゃぐちゃな顔。大の大人が、男が情けない。
 しかし、老人は決して笑わなかった。自分の身に纏う着物が涙で濡れるのも気にせず、男を抱きしめた。
「お前は本当によく頑張ったな。親にも見捨てられ、泣きじゃくっていたお前がな。大きくなった」
「『主』様の……うぅ、『主』様の存在が、わ、私の、光、でした!『主』様が私を、見て、くださったから、……わ、わた、わたし……!」
「あぁ、あぁ。ありがとう。本当に、頑張ったな……」
 まるで大きな子供をあやすように男の頭を撫で続け、泣きじゃくる男の言葉全てを受け止める。
 彼らに感動してか、部屋の者たちは涙で汚れる顔を恥じることな上げ、泣いて震えている手を叩き始める。
 二人の主従愛に感動と敬意を込めての拍手。
「『主』様!『東の者』!ありがとう!」
「貴方様方ほどの素晴らしき主従関係など無い!」
「貴方様方の絆はこそわれらの誇り!」

 全ての者が二人を賛美する。
 全ての者が『一族の思い』が果たされることを、心から喜ぶ。
 全ての者が生きてきた意味に涙する。


 ただ、〝二人〟を除いて――。


 喜びが感動が飛び交う部屋の中、その〝二人〟だけが何も感じないまま座り続けていた。
 男をあやし終えた老人が近づいてくる。
「何、仏頂面で座り続けておる。我ら『一族の思い』が果たされるのだぞ。これほど嬉しいことは無いだろう。皆のところへいき喜びを分かち合え」
 声をかけられた『若い男』は老人に目を合わせるも、何も言わずただ隣に座る『少年』に目を向けた。
「そやつが気になるのか?まぁ、話には聞いていてもお前は初めて見るのだから無理は無い」
 老人と男に目を向けられる少年。
 だが、少年は気にはしないで騒ぎ立てる群衆を見続ける。

 いや、何かが違う。
『気にする』など少年には『無い』かのように。
 群衆を見ていてもその瞳に『映っていない』かのように。
 〝ただそこに座っていた〟。

 老人はほほ笑む。





「本当に、素晴らしい『成功作』だ……」









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