神と罪のカルマ オープニングfirst【06】




《───意識不明の重体であるとのことです。犯行現場に残された証拠から警察は……》

 雨の中、帰り路を仁樹は歩いていた。

 あのあと雨は酷くなる一方で、海琉が呼んでくれたタクシーに乗り、灯真と博士の自宅へとに向かった。
 自宅まで運ぶのを手伝うと海琉は言ってくれたのだが、自宅の位置は彼の住む場所と真逆の方角にある。
 時間も遅いこともあって、これ以上迷惑はかけられないと丁重に断り、焼肉店で別れたのだった。
 ちなみに海琉もタクシーを呼んで帰った。一応は折り畳み傘を持ってきていたらしいが、それではを雨を防ぐことが出来ないほどの酷さとなっていた。

 弟と博士に挟まれながらタクシーに揺らされる仁樹。危うく自分も眠りそうになったがそこは何とか踏ん張った。
 しばらく経つと見覚えのある家、両脇で寝ている二人の自宅が見えてくる。
 門扉の前にてタクシーが停車。爆睡しているこの悪的状況作った本人の財布から料金の半額分を支払った。
 仁樹曰わく「全額払わせなかっただけでも良かったと思え」とのこと。
 タクシーから寝ている灯真を抱きかかえ、1階のソファーへ。博士はそのまま2階の自室にあるベットへと運び投げる。
 足をぶつけるなどの乱暴な運び方であったが、起きる気配は全くない。
 1階に戻り、再び灯真を抱えて今度は子供部屋に運ぶ。
 本当は風呂に入れてから寝かせたかったのだが、、気持ち良さそうに寝ている弟を起こすのは可愛そうで気が引けるたようである。
 子ども机に置いてあった落書き帳の紙を一枚もらい、『朝おきたらふろに入ること。兄ちゃんより』と書いて扉に貼る。
 ガスの元栓などの確認をして彼らの自宅を出た時には、とうの昔に日付は越えていた。

「眠ィ……」
 明日も仕事なのによォ……――。
 何回目かの隠すことのない大きな欠伸。
 ザアザアと降り続ける雨の中、博士の自宅から借りた傘をさして歩いていく。
「この傘デカくていいなァ。ウチにあるビニール傘小せェし……、貰っちまったら駄目かな。」
 普通のものよりも一回り、いや二回り程大きい傘。どうやら仁樹のお気に召されたようだ。
 普通の傘では長身の仁樹は入りきらない。殆ど傘という機能が果たされないまま濡れてしまう。
 また大きい傘を買ったとしても、彼自身よく傘を壊してしまうため普通の人より傘の出費が激しい。
 だが、拝借してきたこの傘は素材も丈夫そうに見え、何よりいまの酷い雨を見事に防いでいる。
 今度博士に聞いてみよう。そう考えながら歩いていると、いつの間にか仁樹は目的地に到着していた。

 仁樹の住むアパート。『ブオナジョルナータ』。

「やっと、帰ってきた……」
 自然と笑みが浮かぶ。
 一階には大家さんが経営する喫茶店があり、二階から二部屋ずつある計6部屋の4階建てアパート。当たり前だがこの時間なので喫茶店は閉まっている。
 二階の一部屋は大家さんが住んでいて、三階に空きが一部屋。そして四階に仁樹の自室。いま述べた部屋は入口正面から見て全て右側の部屋。明かりはついていない。
 そして左側の部屋は全部に明かりがついている。
「あいつら、眠くねェの?」
 現在、明かりが付いている部屋の住人たちは夜遅くまで部屋で作業をする者たちばかり。
 仁樹は『深夜族』、『夜型民族』と命名している。
 海琉の妹と同じ職業柄仕方ないことで、彼らも「昼人間に戻りたい!」と叫ぶ程苦しんでいる、らしい。
 昼夜逆転生活しているだけではなく、何日も連続で徹夜していることも度々ある。
 仁樹はアパートの入り口をくぐり抜け、二階へと階段を上る。そして、彼らの部屋の一つ、二階の部屋の扉へとノックをした。
 ノックをしたあとは直ぐに背を向けて三階に向かうため階段を上る。
「ヤベぇええええ!」
 上り切る前に、先程ノックをした部屋から女性の叫び声が響いた。完全に向かえの部屋で大家さんが寝てるのを忘れている。
 部屋の住人がよく叫ぶので耳栓をして寝ていると以前に大家さんが言っていたことを仁樹は思い出した。が、深夜は深夜だ。モラルは何時でも守るにもの。
 階段を上り三階に到着。次は空き部屋の向かい部屋の扉をノック。
「……おやおや?」
 二階の女性とは反対に今度は男性の静かな声が返ってくる。背を向けると「ありがとう」と感謝の言葉が扉の向こう側から聞えた。
 最後に自室のある四階へと階段を上る。到着しだい自室の向かい部屋の扉をノックする。
「……あー」
 間抜けな返事が返ってきた。そのあとは続かない。
 それに呆れながら、ミッション終了というよう自室へと身体を向ける。
 仁樹がこのように彼らの部屋にノックをしていくのには理由があった。
 彼らに土下座されて頼まれたのだ。返ってきたらノックをしていってくれ、と。
 職業上、職場は自宅であり、仕事に熱が入り過ぎて彼らは時間を見ることを忘れてしまう。酷い場合、彼らにとって貴重な睡眠を忘れてしまう程に。
 それを改善するために思いついた方法は仁樹にノックをしてもらうことだった。
 つまり、仁樹のノックは彼らに時間を見れとの合図である。
 最初は「目覚まし時計とか掛けろよ!」と断っていたのだが、大家さんの鶴の一声にやられて承諾。
 アパートの住人同士協力しろ、とのことだ。
 こうして深夜族の巻き添えを喰らい、毎日帰ってくる度に彼らの部屋をノックしていくのである。
「本当にやっと帰ってきた……」
 ポケットからキーケースを取り出し、鍵穴に差し込む。このアパートの部屋はすべて二つ鍵が付いているため一つ開けしだい、また一つ差し込んで鍵をまわす。
 ガチャリ、と音を鳴らし扉が開くと……―――。
「ただいま……!」

 椅子に座ってお化けが手を広げてお出迎えしていた。

 厳密に言えばお化けのぬいぐるみが折り畳み椅子に座っていた。
「……あ、バケケか」
 数秒固まってしまったがその正体がいま大人気キャラクター、バケケであることに気が付く。
 球体に近い形をした白いお化けで右頬にハートが付いている可愛らしいキャラクターだ。ほかにも頬のマークは星や月だったりと色々あるらしい。
 実際の大きさはサッカーボール並だが、椅子に座っているのはその二倍である特大バケケぬいぐるみであった。
「毎度よく考えるよな、あいつ……?」
 バケケの首……といっても球体なので首かどうかはわからないが、そこに何かが掛けてあった。
 よく見ると、ボイスレコーダーとそれに貼られている一枚の紙。
『再生ボタンを押してね!』
 紙には癖のある丸字と小さなバケケの絵が書かれていた。
 指示通りにボイスレコーダーの再生ボタンに手を伸ばして押す。

《仁樹君、おかえりなさい》

 ボイスレコーダーから聞こえてきたのは心地よい、女性の声。
 途端に仁樹の頬は和らいだ。
《今日もお仕事お疲れ様~。先輩さんには怒られなかったかな?私は今日も楽しい事がいっぱいあったよ~!》
 相手を和ませるようなおっとりした声がボイスレコーダーから次々とメッセージとして彼に届けられる。
 肩の力を抜いていく仁樹。その姿はまるで今日一日の疲れをその声で癒すかのように、口元を緩ませ、目を閉じて声を聞いていく。
 愛しい彼女の声を一つ一つ大切に聞いていく――。
《明日、仁樹君にお話するの楽しみだな~》
「あァ、俺も楽しみだよ」
《そうそう。夜に雨が降るって言っていたから、ちゃんとお風呂に入って温まってね。ドライヤー忘れちゃ駄目だよ!》
「お前は俺の母親か」
 思わず笑ってツッコミをいれてしまう。
 メッセージを言っている彼女は本気で心配しているのは想像できるのだが、言い方がまるで子どもに言い聞かす母親のようで笑わずにはいられなかった。
《さて。今日も仁樹が優しくて良い夢を見られますように》
 あぁ、彼女の笑顔が頭に浮かぶ……――。
《おやすみなさい、仁樹君》
「おやすみ……」
 機械独特の音を最後に再生が終わる。
 まだ微笑む口元をそのままに、仁樹はぬいぐるみと折り畳み椅子を手に持ち玄関からリビングに向かう。
 そして、その二つをリビングに置き、先程の扉と違う扉を開く。
 其処は自分、そして共にこの部屋に住む住人との寝室。
 部屋の殆どをベットが占めている。そして、その上で毛布にくるまって気持ち良く眠る者へ仁樹は近づく。


『息が止まるほど美しい』。
『美しさに心が奪われる』。
『絵にも描けない美しさ』。
 まさに仁樹の目の前で眠る者――眠る女性に相応しい言葉たちであろうか。
 月に照らされることでより一層の輝きを見せる髪。色は明るい。瞳は見えないが、誰もが羨ましく思う程に長く綺麗なまつ毛。
 ぷっくらと膨らんだ唇と可愛らしい桃色を帯びた頬はきっと触ると柔らかいであろう。
 薄ピンク色のパジャマに包まれた身体は白い肌を持ち、細くも女性としての魅力に溢れ整っている。

 全てが恵まれたその姿は、すれ違う者すべてが振り向く。見た者は全て見惚れてしまう。
 誰もが無垢な表情で眠る彼女をこう表現するだろう。

 『絶世の美女』と―――……。

「ただいま」
 仁樹は静かに彼女に近づく。
「朋音」
 眠る彼女――朋音の横に膝を付き、その明るい髪を優しく撫でる。

 彼女は、彼にとって愛しき存在。
 愛しき彼女であり、かけがえのない者――。

 縁 朋音(ゆかりともね)。
 財峨仁樹の最上で最高で最愛の恋人――……。

「玄関に仕掛けるのは初めてだったな。いつも居間やキッチンだから油断した」
 自分が仕事で日付を超える日は、先ほどのような悪戯を彼女は仕掛けてくる。
 夜遅くまで起きることが苦手な朋音。過去に頑張って起きようとして玄関で寝てしまったことがあり、それも冬だったこともあってか仁樹に酷く叱られてしまった。
 それでも諦めきれなかったのか、次はリビングで起き続けようしたらしいが結局は寝てしまい仁樹にまたしても叱られることに。
 毎日ではなかったにしても、何故ここまでして起きようとしているのか。何回目かの行為のときに仁樹は彼女に訪ねた。
《仁樹君が帰って来たらすぐにお帰りなさいって言いたい──》
 とても簡単でわかりやすい、大人なのに子共みたいな、仁樹にとっては嬉しくて愛しく想える理由だった。
 しかし、自分なんかのせいで愛しい彼女が風邪でも引いてしまったらと、反面に心配と罪悪感も生まれてしまう。
 そこで朋音は思い付いたのだ。
 ボイスレコーダーに自分の声を録音してメッセージを届ければ良いのだと。
 そして、ただボイスレコーダーがあるだけではつまらないと仕掛けを色々と考え、帰宅してくる仁樹を驚かす。
 ときにはびっくり箱であったり、天井から照る照る坊主を吊るしたりと。
 悪戯心というより、子どもの心を忘れないと言った方が正しいだろうか。
「適わねェな、お前には」
 朋音の仕掛けに引っかかる仁樹。予想をして回避することもあるが多くははずれ、先ほどのバケケのように驚いて固まることがしばしば。
 彼女の発想は彼の予想を常に超えている。
 仁樹が驚く様子を想像しながら眠ったからだろうか。それとも幸せな夢を見ているからだろうか。寝顔は微笑みを絶やさない。
「お前も優しい、良い夢見ろよ」
 自分だけじゃない。彼女も、幸せな夢を見ていてほしい
 そう願いながら、仁樹は朋音の額に軽い、しかし優しい口つけをした。
 僅かだが彼女の口元が動いた。
 勿論、良い意味で、だ。







神と罪のカルマ オープニングfirst 終
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