神と罪のカルマ オープニングsecond【02】




「ん……」

 瞳を開くと、朝が訪れていた。
 本来の起床時間より数分早く目覚めた仁樹。遅くに帰ってきたのにも関わらず二度寝をすることなくそのまま起き上がった。
 隣で眠り続ける朋音を起こさないように気を付けて移動し、ベッド下に備わっている引出しから自分の衣服を取り出してリビングへと向かう。
 寝間着、といってもスウェットだけで寒くない限りは上を着て寝ない。すぐに着替え終えて、キッチンに移動して冷蔵庫を漁る。
「ネギが危ねェっと。味噌汁にでも入れるか」
 鍋を取り出し、水とだしを入れて火にかける。立て掛けてあったまな板に先ほどのネギをのせて包丁で細かく切り始める。
 他にも取り出していた豆腐をさいの目切りにしてネギと一緒に纏めておく。
 続いて冷蔵庫から数個の卵を取り出す。それを小さなボウルに割って入れ、調味料を加えながらかき混ぜていく。
 流石は料理人と言ったところだろう。寝起きの身体とは思えないほどの無駄のない動きを見せる。
 二人が同棲を始めたときから、仁樹が毎日朝食を作っている。休みの日では三食とも彼がキッチンに立って料理を作る。
 はじめ、「仕事で疲れてるのだから家ではのんびりして」と朋音に言われたのだが、仕事をしてるのはお互い様であり、これも料理の修行の一つだと言っては譲らなかった。
 彼も夜遅くまで起きようと頑張った彼女と一緒なのだ。
 朝は自分の作った料理を食べて欲しい―――、と。
 十分に沸いただし入りの水に先ほどのネギと豆腐を入れる。隣のコンロで小さなフライパンを熱し、油を広くひいてからかき混ぜた卵を流す。
 焼き過ぎないように気を付け、頃合いになると手慣れた手付きで巻いていく。
すると。背後から扉が開く音が聞えた。
「おはよ~」
 朋音が寝室から起きて来たのだ。
 ボイスレコーダーでも心地よかった。しかし、やはり本当の声には敵わない。
 鈴のようにより心地よい彼女の声。彼女が歌手であったら、間違えなくその声でオリコン一位は取れるであろう。
 だが、そんな彼女のおっとりした声の雰囲気からまだ夢の中にいるように思える。
 後ろを振り向くと案の定、薄ピンク色のパジャマを身を纏い、いかにも寝起きという状態の彼女が立っていた。
 予想通りというか。いつも通りというか―――……。
 絶世の美女の寝起き。
 他者が見たら見惚れてしまうほどの可愛らしい姿だが、仁樹は呆れたように笑ってしまう。
「おう、おはよう」
「も~、目覚まし時計止めたの仁樹君でしょ~。びっくりしたんだよ」
「あー、バケケの仕返し?」
 勿論、それは嘘。あまりにも気持ち良さそうに寝ている彼女を目覚まし時計の音で起こすのは勿体無かった。
 朝食の支度が出来たら起こしに行こう。そう考えていたのだが、結局は行く前に起きてきたので失敗に終わってしまった。
「えへへ。驚いた?」
「驚いた。まさかバケケが玄関のドア開けたら直ぐにいるなんてよ」
「作戦大成功~!」
 大きく万歳をする朋音。そのまま近くにあった特大バケケを抱きしめ、座布団に座る。
 彼女のそんな姿を見ていると、「本当に自分と同い年なのか?」と仁樹は疑問に思ってしまうこともしばしば。
 出来上がった卵焼きと味噌を溶かした味噌汁。加えて作り置きしていたほうれん草のお浸しにきゅうりの漬物、最後に炊き立てのご飯。
 和の料理たちをお椀や皿に盛り、順番にテーブルへと運ぶ。
 勿論、朋音もその間に座り続けている訳ではなく特大バケケを置いて運ぶのを手伝う。
 運び終えると次に冷蔵庫から麦茶、棚から箸やコップを二人分持って来る。
 準備が終わるとお互いが向き合うように座布団に腰掛け、テーブルに並べられた料理に手を合わせる。
 料理人の仁樹と自分たちの命になってくれる命への感謝の言葉。
「「いただきます」」
 テーブルに並べられた料理に一礼をして食べ始める。はずなのだが……。
「……」
「食わなねェと駄目だからな」
「……眠い」
「知ってる」
 お互いの仕事の都合上、一緒に過ごす時間が取れない二人。
 せめて朝の時間だけは必ず一緒に過ごすそうと、これも二人で決めたこと。
 しかし、朋音は朝に弱い。夜だけではなく朝まで極端に弱いのだった。
「命に感謝してるんだろ」
「もちろ~ん」
「それとも俺の料理を食いたくねェと?」
「違う~、眠いんです~」
 寝起きの身体を動かし頑張って食べる朋音。眠そうだけどおいしそうに食べる姿に、嬉しさもあるがやはり呆れて笑うしかない。
 そんな彼女を可愛いと思う自分に対しても――。
「仁樹君仁樹君。今日ね、とても幸せな夢を見たんだよ」
 しかし、朝に弱い彼女がよく学生時代に一度も遅刻しなかったものだ、と味噌汁を啜りながら仁樹は思う。
 そんな彼に、眠りながら食べているのではと思わせるぐらいに目が完全に開いていない顔で朋音が話しかけてきた。
「幸せな夢?」
「うん」
「どんな夢だ?」
「内緒~」
「はァ?」
 夢を見たと言ってきたのなら、普通は夢の話になるのではないのか?
 さっきの寝起き姿は予想できたが、やはり彼女の行動の殆どは仁樹にとって予測不可能である。
「だって、教えちゃうと幸せが逃げるんだよ~。仁樹君が逃げるのは嫌だな~」
「……」
 ワザとかあるいは天然か。彼女の場合は確実に間違えなく後者だ。
 朋音の言葉に固まった仁樹に気付かず、彼女は美味しそうに味噌汁に口をつけた。
「天然って、恐ろしいよな」
「ん~?お味噌汁おいしいよ~」
「……どーも」
 今に始まったことではない。彼女の天然は付き合い始める前からわかっていたこと。
 だが、彼女の予測不可能さは何故か相手を幸せする。暖かい気持ちにさせる。不愉快にさせたことはないのではと思わせるぐらいに。
 固まりから解け、同じく味噌汁をすする仁樹の頬が緩んでいるのがそれを物語っている。
「……俺は、懐かしい夢を見た」
 夢───。
 今朝、自分が見た夢を思い出す。

 強く印象に残るあの日────。
 夕焼けが広がる世界。
 運命を動かした、二人だけの出会い。
 物語の始まり―――。

「懐かしい夢?」
「あァ……。懐かしくて、大切な夢……」
「それは、仁樹君にとって幸せな夢だった?」
「幸せっつうても……」
 どうなのだろうか。
 しかし、確かに。あの時の出会いがなければこうして二人で暮らすことはなかった。
 お互いの手と手が触れ合うことも、話し合えることも、笑い合うこともなかった。
 誰にも渡さない、命を懸けてでも守ってみせると、心の底から想うこともなかった。
〝『仁樹』が『仁樹』にも出会うこともなかった〟。
 あの時があったから、いまがある。いまの『幸せ』を過ごしていける。
 先輩がいて、親友がいて、家族がいて、愛する人が――朋音がいる。
 ならば……───。
「幸せな夢だったんじゃねェかな」
 仁樹が答える。
「なら、聞かないよ。仁樹君の幸せが逃げないように」
「そうだな。俺も朋音が逃げるのは嫌だ」
 お前と共に生きる幸せが逃げるのは嫌だ───……。
 口では言わなかった。だが、朋音には伝わっている。

 開かれた瞳。色はブラウン。
 美しく、純粋で、優しい瞳で。
 恋人の仁樹だけにむける想いをこめて。
 彼女は満面の笑みで返してくれているのだから―――。








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