神と罪のカルマ オープニングsecond【05】




「てめぇ!!いまなんて言いやがった!!!」
 仁樹の顔面にお盆がクリティカルヒットを決めたと同時刻。
 町はずれにある、いまにでも壊れそうなガラクタしか存在していない建物内である男は叫んだ。
 ただ叫ぶと言うわけではなく、対象は手に持つ携帯越しの相手。
《声が大きいのに耳が遠いのですね》
「そんなふざけたことを聞きてぇんじゃぁねぇ!」
《私は数日静かにしていなさい、と言ったのですよ》
 相手は男と違い、落ち着いた態度で対応している。
 だが、その態度が男には気にいらなかったのか。自分をバカにした口調で返す相手に、さらに声を大きくして怒鳴り返す。
「はあ!?なんで静かにしなきゃいけねぇんだよ!!?俺に死ねとでもいうのか!!?」
《あなたはワタクシ達がしろと言ったことを出来なかったのでしょう?》
 男の煩過ぎる声に臆さないまま、罰を受けるのは当然ですと淡々と答える相手。
 すると、何かが叩き壊される音が建物に響いた。正体は男の足元に壊れ散らかったラジオ。ストレスをぶつけるようにガラクタの世界にいる男が叩きつけた。
「あぁ!!そうだよ!!〝殺せなかったさ〟!!?腹立つぐらいに殺せなかった!!何だよ、人間って!?なんで気持ち悪ぃ程に丈夫なんだよ!?」
《人間だからですよ》
「可笑しいんだよ!変なんだよ!車に跳ねられただけでもイっちまうんだぜ!!?」
 壊れ散らかったラジオに足を垂直に上げる。力を、体重を全て怒り、ストレスとして踏み潰す。
 欠片など残さない、全て無くすかの如く踏み潰し続ける。
「踏まれても噛まれても殴られても蹴っても弾かれても撃たれても締められても切られても刺されても燃やされても凍らせても落とされても潰されても!!!!!!
 簡単にいっちまうはずなのに!!!なんで死なねぇんだよ!!!可笑しいだろ!!!マジで可笑しいだろ!!!畜生がぁぁああああ!!!!!」

《それが『人間』ですよ》

 態度も声も何も変えないまま。まるで機械のように、受け答えしかしない機械のように電話越しの相手は話し続ける。
《脆くて丈夫。弱くて強い。それが人間の『矛盾』という特性です。
 アリのように踏まれて一生を終える者もいれば、ゴキブリのように生き残る者もいるのが『人間』という種族です》
「きもちワリィ虫はだいっきれぇだ!!!!」
《あなたも『人間』でしょう》
「あ゛ぁあ!!?」
 最後の塊を踏み潰す。
「俺は人間じゃねぇぇえええ!!!!」
 踏み足りなかった。湧き上がる感情を消化出来なかった足は、そのまま傍らにあるガラクタの山へと突っ込んだ。
 壮大な音を立てながら崩れていく。それでもまだ足りない。崩れて落ちてきた、人に不必要にされたものたちを次々と踏みつけ壊していく。
 その姿はまるで、ものに八つ当たりする大きな子供のように―――。
「あんなのと一緒にすんじゃねぇぇえええ!!!!」
 全身を使って『人間』であることを否定する。否定し続け、認めない。
《いえ。あなたは『人間』です。認めなさい》
「違ぇぇえええ!!!!ふっざけんなよ!!俺の何処が人間だ!!勝手に決めんてんじゃぁねぇぞ!!ブッ殺されたいのか!!?」
《では、あなたの手を見てみなさい。足も首も身体の全てを。『人間のもの』でしょう。
 胸に手をあてて見なさい。鼓動を感じるでしょう?人間の心臓でしょう?あなたを作ったものは人間でしょう?
 このように機械を使って会話できるのも人間だからでしょう?》
「俺は人間なんかじゃねぇぇえええ!!!!あんなクソみたいなものと俺を一緒にすんじゃぁねぇぞ、ボケ!!」
《その怒声も罵声も全ては人間だから出来ること。〝人間だから人間を殺すことが出来る〟のでしょう?
 機械も全ては人間が作ったもの。間接的に人間が殺します。口から発生する言葉だって、人間が人間の命を奪う武器にもなりますよ》
「たが、自然災害は人間の力じゃねぇだろ!!!」
《では、あなたは何になりたいのですか?》
「俺は……!」
 男は静かになった。先ほどまで怒声と罵声もまるで嘘だったかのよう。途端に静かになった。
 潰れるぐらい叫び過ぎた喉を、口の中に出来た僅かな唾液で潤わせる。
 叫び続けた喉の痛みを感じながら時間を置いて口を静かに開く。
「『鬼』になりてぇ……」
《鬼、ですか?》
「人間でも虫でもクズでもなんでもねぇ!!破壊と殺戮を好む『鬼』に、最低最悪最強の存在になりてぇんだ!!」
 再び叫びを響かせる。興奮に満ちた、非道と外道に満ちた溢れた叫びで僅かに潤した喉をさらに痛めつける。
 喉がいくら辛さを痛みで訴えようとも男は無視し続ける。関係ない。痛む喉を放置する。
「たまらねぇよ!!勇猛と無慈悲の象徴!!あぁ、あぁ!!なんて素晴しくて美しい存在なんだ!!
 誰も真似出来やしねぇ!眩しい生き物!!俺は、『鬼』になりたい!!いや、なるべき者なんだ!!!!」
 必要とされなくなったもので溢れる世界の中、狂ったよう、壊れたように叫び続ける男。
 目の玉を出しそうなほどの見開き、顎が外れそうなほどの口の開きでの天へ叫ぶ姿。
 笑い叫ぶ姿は憧れる『鬼』と言うよりも───……。
《狂い人(クレージーヒューマン)ですね》
「俺は『九年前』に戻るんだ!!あの素晴らしい世界の時代にな!!
 いま、俺は運命に愛された!!俺はこのためにここにいる!!あの時代を取り戻す!!
 クソだらけの世界を、こんな面白みもねぇ世界をぶっ潰す!誰もが俺に恐れをなすんだ!恐怖して眠れない夜を生きろ雑魚どもが!!!!」
 手を伸ばす。壁をつき破り、太陽に届くように。天へ天へと伸ばし続ける。
 最低の最悪の最強の『鬼』となるために、高みに上り詰め群衆どもを見下し、見下ろす王座へと昇り付くために。
 夢へと手を伸ばし続ける『人間』のようにひたすら伸ばす。
「鬼とは『悪神』!!『邪神』!!俺は必ず『鬼』になる!!」

《自惚れるな》

 狂った姿を止めた。
 先程まで機械のように話す電話越しの相手が『感情』を見せたのだ。
《あなたが悪神?邪神?『神』の名のつくものに〝あなた如きがなれるわけないでしょう〟》
「あ゛ぁ!?」
《それと、あなたが置かれている状況をお忘れなく。あなたは〝ワタクシ達のおかげで〟ここにいられるのだという事を》
「……」
 苦虫を噛み潰したような顔で男は再び黙り始める。力が入る手は爪が食い込む。
 悔しいが、電話越しの男が言っていることは真実。
 現在、数々の事件を犯した彼が警察の牢獄にいないのはすべてこの電話越しの男の手によるものであった。

 数日前に男の元へ一通のメールが送られてきた。
 内容は協力しろとのことだった。
『そうすれば、お前の望む物をやろう』
 最初は警察の罠か何かかと思った。しかし、最後までメールを読んでいくと驚くべき真実がそこには書かれていた。
 このメールを送りつけた主は、サラリーマを殴りつけた事件を裏で細工して証拠を消していたのだと。
 不思議には思っていた。素人の自分を何故警察は見つけられないのか、と。
 しかし、男は見つけられないことを自分の運が良かったのだと思い直して、二件目を起こしたのだ。
 まさか、自分をサポートしてくれる者がいたのかと知ったときは驚きと嬉しさが隠せなかった。
 そして、感じた。自分は運命に愛されているのだ、と。
 そしてそのメールの主は、いま電話越しで話している男。
 いつも機械のように話し続け、ときたま『感情』を見せる。
「俺がいなくなってもいいのか?」
《自惚れるなと言った筈です。あなたがいなくても変わりはいます。素直に言うことを聞きなさい》
 これからも犯罪を犯すのなら相手の協力は不可欠になる。なら、素直に言うことを聞くことが一番の得策。
 そうわかっているのだが、素直というところに腹が立って仕方がない。
《ただ言うことを聞けというわけでは感に触るでしょうね》
「あ゛ぁ?」
《けれど、しばらくは静かにしていなさい。そうすれば段々溜まっていくストレスで今度こそ成功するでしょうから》
「そんなもん信用できるか!!」
《信用なんかしなくていいではないですか。『鬼』に信用するものも信頼するものもいらない。そうでしょう?》
 全てを壊す存在にそんなものはいらない。
 このガラクタたちが人から必要とされなくなったみたいに、鬼には人間が持つようなくだらないものは必要としない。
 鬼に憧れる男が機械のような男に教えられるとは、滑稽な風景である。
 それをわかっているようで男は悔しくてしょうがないと顔を歪める。
《それに、〝たったの〟六件で運命に愛されたなどほざかない方がいいですよ。あなたの行動など〝『九年前』には敵いませんから〟》
「敵わないことは分かっているさ」
《おや。そこは素直ですね》
「九年前の事件は俺にとって尊敬すべき事件だ。その事件に魅入られたから俺は『鬼』になるべき存在だと〝気付けたんだ〟」
 自分が踏む進める道を、なるべき存在を教えてくれた事件。
 人々に『最悪』という形で刻み込まれた事件は、男にとって美しき人生の幕開けとなった。
 殺伐とした空気に包み込まれた世界。男がとても息をしやすく生きていた時代。
《『鬼』になりたい者が尊敬する犯罪者ですか。それまた可笑しい話ですね》
「なんとでも言え。俺はあの殺伐の世界を取り戻す!取り戻して、超える!
 いまは先輩のように敬うが、いつかその犯罪者も俺の前に平伏せてやる!見下してやる!見下ろしてやる!
 世界の全てに『俺』を刻ましてやる!!」

 男は気付いていないのだろうか。
 自分の姿が、その野望が、感情が。どうしようもなく『人間』そのままであることに。
 電話越しの男がそんな男へと馬鹿にするように口元を上げていることに――……。







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