神と罪のカルマ オープニングsecond【08】
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人は多いが休日にしては少ない方だ。
いつも通りの帰り道をいつも通りに歩いていく仁樹。いまだに借りている傘を差しながら、目に映る街の姿を見て思った。
やはり昨日の事件が影響しているのか。仕事帰りに飲み屋などには寄らず、我が家へと帰っているのだろう。
また雨も降っているため、道端に缶ビールを飲んで座り込む若者もあまり見かけない。
あまり見かけないというだけで、行くあてのない不良の集団が建物の間で酒を飲んでいるのは目に入る。
『九年前』より危険が無いにしろ、人々の危機感が消えたわけではない。
むしろ、このような連続事件が起きると親は子共を一人で外に出さなくなる。学校も集団登下校。社会に出て働く大人たちも真っ直ぐに自宅に帰る。
危険を経験した人間は危険に敏感になる。とくに警察は、『九年前』のような惨劇を起こさないために全力で調査を続けている。
「はあ~い、そこのチョー背の高い黒髪金パのお兄さん~!」
「あぁ?」
黒髪金パとは自分のことだろうか。いきなり自分の進みを邪魔するように前に現れた女……、少女というべきだろう。
疲れいる頭に響く甲高いに眉間へと皺を寄せる。そんな仁樹を全くと気にはせず、化粧で塗りに塗りまくった顔で自分をつま先から頭の先まで品定めする目で見てくきた。
「背オッケー、顔マジオッケー、服も普通にオッケーじゃん。ねぇ、お兄さん私と……」
「遊ぶ気なんて全くねェ」
「きゃっ!性格もオッケー!マジ好み!」
話し聞いちゃいねェ……。
最高じゃん!とかなんとかいって勝手に騒ぎ出す少女にイラつく。
関わりたくはない。騒ぎたいのなら勝手に騒いでろと胸の中で悪態を付きながら、その場から歩き去ろうとする。
そんな仁樹に気付き、獲物を逃さないよう彼の腕に手を伸ばすが、腕を高く上げて無駄のない動きで避ける。
「ちょっとー、何処いくのさ~」
「関係ねェだろ」
「えーいいじゃん。これもウチとお兄さんの運命の出会いだし~、教えてくれても~」
「うぜェ。関わるんじゃねェ。近づくな」
とくに、少女からの鼻を掠めてくる香水が臭くて仕方が無い。
香水のつけ方を間違えているのではないだろうか。強力な匂いが漂ってくる。
仁樹は香水が苦手。仄かに香るのなら大丈夫なのだが、鼻への刺激が強く、相手に失礼だと思っていても気持ち悪くなってしまう。
だが、少女は遠慮なしに近づき、仁樹はそんな相手と距離をおいてかわし続ける。
「避けるなんてひっどー!クールだけどひっどーい!」
「酷いと思ったんなら話しかけんな。どっかいけ」
「あ、そっかー!ツンデレなんだ―!こーんなピッチピッチの女の子だもんねー」
「ガキなんざ興味ねェし、眼中にすらねェ」
見当違いにもいいところだ。疲れている身体に余計な疲れを足したくはない。
後ろから煩く話しかけて手を伸ばしてくるを少女を、無視しながら避けて帰り道を歩き続ける。
歩幅は仁樹の方が倍に広いため、距離はあっという間にできた。しかし、その距離にもめげずに少女は走って再び仁樹の前に飛び出すように現れる。
「もー!せっかく誘ってんだかオッケーしてよー!」
「誘われたくもねェし、さっさと家に帰れ」
「いけず~。なに~、彼女でもいるの~」
「その通りだ。さっさと失せろ」
彼女がいると知ったらのなら流石に諦めるだろう。
早く帰りたい。今日も連続で問題に巻き込まれるなどたまったものではない。
いくら体力に自信があったも眠いものは眠いのだ。
そして何よりも仁樹は、早く朋音の顔を見たいのだった。
日付を超える前なら、彼女は起きている。「おかえりなさい」と全てを癒してくれる微笑みで出迎えてくれるはずだ。
しかし、少女はそんなことは露知らず、しかも彼女がいるのに諦めるどころかそんな仁樹に呆れたように言葉を続けた。
「なにさ~、別に彼女がいたっていいじゃんか~」
「……んだと?」
「だって、お兄さんこんなにイケメンなんだよー。一人の女なんかにこだわってじゃもったいないじゃんか」
まるで仁樹の考えが異端であるかのように。自分が正統なる考えであるかのように。得意げな顔で続けていく。
「遊ぶだけなら浮気にもはいらないじゃん。うちらの仲間内なんかホイホイ色々な子と付き合ってるよ。
てか、バレなきゃ浮気とかしてもいいんじゃねぇ?結婚して浮気すんならなんつーの、法律に反してる?
けど、結婚してない若いうちなら別に法律とか関係ないし~」
「……」
「だいたい恋なんて自分も相手も楽しければいいんでしょーが。
うちのいま彼が別にどこかで女とべたべたしてても、やり返せばいいかなーって思うぐらいだし?
まぁ、確かに腹立つけど?自分の所有物ってわけじゃないし、てか同じことしてるし?」
「……」
「そもそも真面目に恋とかあり得ないわぁ~。いまの子だって簡単に付き合って、面白くなくなったら簡単に別れるぐらいなんだよ?」
「……」
「だからさ、あっそぼうよ~!それとも何?お兄さんの彼女、簡単に嫉妬しちゃうどうしようもない奴なの?」
「おい」
「なぁ~に……!?」
仁樹の呼びかけにやっと自分の誘いに乗るかと、勝手な解釈をしてファンデーションを厚く塗った顔を嬉しそうに向けた。
だが、そんなことはない。仁樹にそんな気持ちなど一粒も持っていない。
見上げた先にあったのは怒りに満ちた瞳を少女にぶつける仁樹の顔だけであった。
「な、なにさ?お兄さんどうしちゃったの?あ、もしかしてあたしにみぼれちゃったとか?彼女さんよりかわい……!!?」
仁樹の〝振り上げた手が少女の顎の手前で止まった〟――― 。
悪ふざけの言葉など最後まで言えない。漆黒の瞳が蛇の如く、彼女を睨み付ける。
仁樹が醸し出す恐ろしさに、身体がすくんで動けない。対抗することができない。
「ふざけんなよ」
「へ……?」
「〝何がありえねェって?〟」
「い、いや、その……」
「〝誰の彼女がどうしようもねェだと?〟 」
先ほどの仁樹のセリフに一つだけ誤りがある。
彼は子供だから興味や眼中にないのではない。
〝朋音にしか興味がない。朋音しか眼中入っていない 〟のだ。
仁樹は朋音を愛している。朋音にしか心を奪わせないし、差し出さない。
仁樹にとってこの全世界で一番、愛おしき存在。彼女へと送る愛も彼女から受け取る愛も誰にも渡すつもりはない。
盗まれるつもりもない。壊されるつもりも砕くつもりもない。
自分が絶対に裏切らない想い。彼女への純粋で、情熱的で、穢れのない想い。
例え、この身が焼かれ刺され殺されても変わることはない。
『揺ぎ無き愛』―――……。
その愛を、たったいま目の前の少女が馬鹿にした。否定した。
そんなものは存在しないと。お前の愛はまやかしだと。少女にそんな気が無くとも仁樹には聞こえてしまったのだ。
自分の持つ愛、彼女へ送る愛の冒涜だと。
自分の想いを、彼女との大切な繋がりを軽蔑されたことに腹の底から怒りが湧き上がった。
そして、最後の愛しい彼女への暴言がリミッターを外したのだ。
手を振り上げずにはいられなかった。怒りが、少女を許すなと体中を叫び廻った。
しかし、ぶつけることはしなかった。
ぶつける寸前。頭の中で彼女の存在が浮かび上がった。
駄目だよ、と―――。
腰に手を当てながら自分に怒っている姿がはっきりと頭の中に浮かんだ。
殴っては彼女に怒られる。だから、寸前に手が止まった。
恐怖を感じさせるには十分であったが傷付けることは無かった……。
「……」
怒りに捕らわれていた頭が冷めていく。少女の手前で止めた拳を降ろし、落ち着くために瞳を閉じて大きく息を吸って吐く。
身体から力が抜け、仕事で溜まった疲れが押し寄せてくる。
そんな仁樹の姿に少女は緊張した顔をほぐすことはなく、肩を揺らしながらその一連の動作をみていた。
しばらく経つと仁樹の方から口を開いた。
「悪かったな……」
「あ、いえ、ウチの方こそ、悪かったです……」
先ほどと違って声が小さい。彼を恐ろしいと感じている証拠だ。
目を合わせないように彷徨わしている。
「……恋とかそういうもんは人間だけでなく、全てにとって大切なものだ。そんな馬鹿にしたような感じでいうんじゃァねェよ」
「はい……」
「いまは分からないかもしれねェ。でもきっとそれが自分にとってなくてはならない存在になる。
恋が愛に変わる。忘れるんじゃァねェぞ」
言いたいことはそれだけ。それだけだ。
もうここにいる必要はない。雨もひどくなってきている。
傘を持たない少女に再び早く帰るように言い、隣を通り過ぎる。
「あと……」
何か言い忘れたことに気付く。
振り向き、さっきと同じまま此方を見ないで立ち続ける少女の背中に言った。
「嫉妬してくれる彼女なんてすげェ嬉しいだろ」
最後にそれだけを言って、歩いて行く。
目指すは最愛の人が待つ温かな場所へ。
笑顔で迎えて欲しいと思う彼女のもとへと、疲れた身体を動かして向かっていく。
少女はその場から動くことができなかった。
しばらく経って、仁樹が歩いて行った方向に振り向く。すでに彼はいない。
増々酷くなっていく雨の中でポツリと呟くのだった。
「なにあれ……。怖い……、気持ち悪い……」
いままでの考えを変えることはなかった。恐怖に襲われようとも変えるつもりはない。
いい大人が、恋とか愛とかを最後に力説していったような感覚。
正統な答えほど、今の自分にそれはとってありえなく、吐きたくなるもの。
ただ、それは自分がまだ子供だからだろうか。そんな言葉が頭をよぎる。
怖い。気持ち悪い。そんな感情が身体の中を走り回る中。
何処かかっこいいと思う自分が存在していることに少女はまだ気づいていない。
神と罪のカルマ オープニングsecond 終
神と罪のカルマ オープニングthird 続
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