神と罪のカルマ オープニングforth【02】



「なん……、だった、んだ……!? あのヤロー……!?」
 とあるビルに寄りかかりながら、男は息を必死に整えていた。
 体力が減り続ける中、全速力で走ったのだ。苦しいに決まっている。
 途中で大きく咳き込みながらも、酸素を求める激しき呼吸を繰り返し続ける。

 何故、こうなったのか。それは今朝の、男のくだらない考えから始まった。
 『花火』を作ったのに、自分は一度もそれをまともに見ていない、と―――。
 昨日の花火は連続的に起こす為、火を袋に向かって投げては、すぐに違う爆発置き場へと移動していた。
 その為、爆発音が聞えようとも爆発した姿を直に見たわけではない。
 それでは折角作ったのにもったいないと思い、残っていた材料を全て使い『花火』を再び作ったのだ。
 作れたのは、一回分の『花火』。さて、何処で打ち上げようか、と悩んでいるうちに何処からか間抜けな音が聞えた。
 その何処かというと、男の腹、つまりは腹の音だった。
 その音で、男は場所を決めた。
 男はこの街の出身者だった。街の人々が知る情報など、男ももちろん知っていた。
 腹が空いた。飯が必要。飯で有名なのは―――……。
 そんな単純でどうしようもない理由で、打ち上げどころを決めたのだった。
「料理人、ごときが……!! なんで……!?」
 そんな理由で決めた結果がこれだ。
 未だに落ち着かない身体にイラつきながらも、苦しさで服を握る手を弱めない。
 爆発後、建物の陰から悲鳴をあげて恐れ蹲る女を馬鹿にし、見下したように見ていると、店の扉が勢いよく開いた。
 従業員が駆け付けたのだろう。この酷い状況を見た間抜け面を見てやろう、と視線を手前にいた料理人らしき人物をみようとした。
 その行動は、見事な『花火』をみて満足したせいで気が緩んでいたのか。
 料理人は身体ごと振り向いた。が、その顔は、男の望んだ顔ではなかった。
 ――――!!
 何かわからぬ存在を、〝睨み付ける目をしていた〟。
 探す目ではなく、獲物を見つける獣のような色を、その目に宿していたのだ。
 流石に、やばいと思ったのだろう。ここで見つかるわけにはいかない。早く、ここから離れようと体の向きをかえ走り出した。
 その時だった。
「先輩! その人を頼みます!」
「!?」
 その料理人の言葉に男は焦りだした。
 バレてしまった。何ごとも上手くいっていた男が初めて失敗したのだ。
 走りながら帽子のつばを下に引っ張り、深く被る。視界が狭まるが顔をみられるよりはマシかと思ったのだろう。
 足速さは自慢だった。もう十分な距離を作っただろう。後ろの様子を見る為に、顔だけ振り向いた。
「―――!!?」
 なんということか。距離が広がっているどころか、むしろ逆に縮まっていたのだ。
 信じられないものを見たかのように、男は再び顔を前に向ける。そして、しばらくして、また顔だけ後ろに振り向いた。
 結果は変わらない。料理人の姿が先ほどより大きいことから、ますます距離が縮まったことが瞬時に理解できた。
 男よりも、料理人の方が足が速かった。
 足の回転数を上げるにも、料理人はどんどん男に近づいてくる。
 これでは危ないと、男は逃げる途中で道にあるものを手あたり次第に倒していき、料理人の追跡を阻止しようとする。
 だが、料理人はそれを物ともしないかった。まるで慣れたような動きで次々とかわして追いかけてくる。
 では、次はジグザグ作戦ではどうだ。角を見つけるたびに曲がり、見失わせるように走る。が、全く通じなかった。
 それどころか、曲がることで余計に身体を疲労させてしまい、距離も先程よりも小さくなってしまった。
 なんとしても追ってくる料理人を振り切りたいのだが、上手くいかない。
 さらに、雨で濡れた地面は走りずらく、水たまりに滑りかけそうにもなるという最悪な状態である。
 それでも、腕を大きくふり、諦めること無く逃げ続ける。
「待ちやがれ!」
「……!!」
 息が切れかかって苦しい自分とは違い、相手はそんな様子を全く見せなかった。
 あいつ、本当に人間か―――!?
 体力は既に限界に近い。それでも捕まるわけにはいかないと、身体に鞭を打つ。
 このままでは危険だ。この状況から逃げ切れる方法はないか。
 必死に身体を動かしながら考えていると、耳に車の音が伝わってきた。
 最初は奥へと逃げたはずが、いつの間にか表通りに近い場所へと移動していたのだ。
 表通りなら―――!?
 頭に浮かび上がった作戦。人ごみに紛れて逃げる。
 醜い人間どもの手を借りるのは癪だが、今はこれしかない。男は、もう一度だけ角を曲がった。
 曲がった道は、真っ直ぐ表通りに続いていた。そこで、持てる力を全て出し切り、その力を足に入れた。
 足が地面を強く蹴る。男は気付いていないが、幸いこの道は濡れていなかった。
 いや、幸いではない。むしろ〝最悪だ〟。
 走りやすくなったということは、追ってくる料理人にとっても有利な状況になったということなのだから。
 男は全く気付かない。ただ、ひたすらに表通りを目指して走っている。
 息が切れそうだ。酸欠で頭が痛くなりそうだ。それでも、走ることを止めない。
 料理人はどんどん近づいてくる。
 あと一歩、あと数メートル、あと数秒―――。
「―――ぐッ!!!?」
 だが、料理人の手は空を掴み、男には触れることはなかった。
 痛みに耐えるような苦しい声を出して、そのまま料理人は地面に膝をついたのだ。
 そのことに男は気付かなかった。が、次の瞬間、後方から派手に物が壊れる音に気付く。
 音が聞えたあと、走りながら後ろを振り向く。料理人が追ってくる気配がない。
 先程の派手な音。看板だ。看板が落ちてきて、料理人を足止したのだ。
 このチャンスを逃さまいと、その場から男は遠くへ、遠くへと足を速く動かした。

「どうなる、かって……! 思ったが、やはり!! ゲホゲホ!!……運命は俺の味方をしている!!!」
 偶然に落ちてきた看板。それは運命が自分を助けたのだと、勝手に解釈する男。
 今回の失敗も、失敗ではなかった。運命が、より自分を確かなものへと、『鬼』になるためへの試練や訓練のようなものだったのだ。
 どんな困難が襲い掛かろうとも『鬼』であることを忘れないか、どうか―――……。
 危険を招く存在に「困難」という言葉を使うにはいささか違和感ではあるが、男はそうとしか考えられなかった。
「あぁ!!!待ってろよ!!!!必ず、すべてが求める究極な『鬼』になって見せるぜ!!!!」
 ビルに寄りかかって高々と天へと叫び出す男。周りの視線など、まるっきり気にしない。
 そんな男に目を合わせないようにする街の人々。彼らが、男に思っていることはただ一つ。
 うるさい、気の狂った男だ、と――――――。








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