神と罪のカルマ オープニングforth【03】



「こう、ダボってした全身黒の服で、帽子はつば付きのを被っていて……。背はそんなに高くは無かったから……多分、百七十㎝前後だと……」
 犯人を取り逃がした仁樹は、そのあと店へと引き返した。
 到着した時には、既に警察が駆け付けていて、爆発現場である裏口には立ち入り禁止の黄色いテープが巻かれている。
 いうことを聞かなかったため、先輩に背中を蹴られた仁樹。
 それでも、犯人と取り逃がした理由が頭痛と看板が落ちてきたことだと知ると、それ以上は何もしないまま椅子に座るよう促した。
「顔とか見てないが、雰囲気として男……だったと思う」
 仁樹は椅子に座りながら、警察から事情徴収を受けていた。
 彼は言ったのだ。犯人を見た。どんな感じかもばっちり覚えている、と。
 その言葉に警察は驚きで目を丸くさせ、慌てたように胸元から手帳を取り出した。
 驚くのも無理はない。「覚えていない」「見ていない」と犯人の情報が全く手に入らなかった中、その言葉たちとは正反対の言葉を口にしたのだから。
「あと見た目の特徴じゃないが、足は速い方だと……」
「はい! 見た目だけでなくても大丈夫です!」
 どんな情報でも欲しい、と一切のよそ見をせずに情報を求め聞いてくる。一つ一つの質問を頭に映し出される記憶を頼りに次々と答えていく。
 質問されて、答えて、質問されて、答えての繰り返し。解放されたのは、質問を始めてから十数分後だった。

「ふゥー……」
 肩の力を抜き、背もたれに寄りかかりながら息をつく。
 昨日に引き続き事件に巻き込まれたのだ。心身ともに疲れているのは当たり前というべきか。
「お疲れ」
 ねぎらいの言葉を送る先輩。机を挟んだ向かい側に座り、外の自販機で買ってきたであろう缶コーヒーを仁樹に差し出す。
 頭を軽く下げ、お礼を言ってから缶を受け取り蓋を開ける。そのまま口に運び、渇いた喉へと流し込んだ。
「お前に怪我が無くて本当に良かったよ」
「仕事が増えるからッスか?」
「そこまで俺はひでぇ奴じゃぁねぇよ。可愛い後輩が頭に大怪我でもしたら普通にキレて悲しむわ」
「キレるのは変わらないんスね……」
「当たり前だ。無茶するなって言ったのによぉ……」
 先輩も買ってきた自分用の缶コーヒーを開け、その口に運ぶ。
「すんません……」
「って、何回も言って何回も繰り返すんだよな、お前。本当に頭良かったのか? 学年主席だったんだろ?」
「この際、勉強は関係ないんじゃ……」
「そうだな。性格の問題か」
 必ずしも頭の良い奴が成績優秀とは限らない。先輩のいうとおり、結局は性格なのだ。
 性格。もしくはその場の状況からの行動。
 そして〝想い〟だろう。
 今回、犯人を追いかけたのもその場の状況からの行動。そして、その身に宿る正義感……というわけではなかった。
 犯人を追いかた時、正義感ではない、それとは違う『想い』を彼は持っていた。そして、その『想い』はいまも消えていない。
「許せないんスよ、どうしても……」
「許せないのは皆一緒だ。こんな騒ぎばかり起こして、それが自分たちにどんだけの被害をもたらしているか……」
「……」
「……」
 暫しの沈黙。
「……先輩」
「なんだ?」
「今日の営業、確実に無理ッスよね」
「……無理だな。明らかに無理だ」
 二人して同時に肩を落とし、大きな溜息をついた。
 本日、店長が暴れることが決定。それも今朝に想像した以上の酷さで。
「マジで犯人ぶん殴りてぇ」
「俺はぶっ飛ばしてェス」
 缶コーヒーを握り潰す音が二つした。素材は勿論、スチール。
「あァー……朋音に会いたい。癒されたい……」
 愛しい彼女の姿を想い浮かばずにはいられなかった。
 爆発は起きるわ、霧雨の中を走るわ、頭痛は起きるわ、看板落ちてきて犯人逃がすわ。それに続いて、店長が暴れるわ。
 今日の占いは最下位だったのだろうか。今朝の番組でマスコットキャラクターが笑顔で映し出される占いコーナーを思い出す。
「……俺、占い当たらねェんだった」
「占いって言っても星座占いだろ? そんなもんしょっちゅう当たってたら、一日が十二通りの生き方しかなくなるだろ」
「いや、俺の場合は全く当たらないっていうか、当たることが無いというか……」
「いいんじゃね? 当たらなくて。そんなもんに振り回されるな」
 潰した空き缶を専用のゴミ箱へと投げ捨て、先輩は煙草を片手に窓辺へと移動。少しだけ窓を開け、煙草を咥えて火を付ける。
 必ず決まった未来などこの世には存在しない―――。
 運命は変えられる。
「……そうッスね。俺を振り回していいのは、俺の大切な奴らだけッスから」
「はっははー! つまり、俺もお前の大切な奴らなんだな」
「振り回している自覚はあったんスね」
「勿論。悪意のない悪口より、悪意ある悪口の方がマシってな」
「悪意のある悪口ッスか……」
「まぁ、込めてるのは悪意じゃなく信頼だな。信頼してるから振り回すんだよ。俺も、お前の周りにいる奴らも」
「そうッスか。……ん?」
 何やらホールの方が騒がしい。一瞬、まさか店長が暴れたのかと思った二人だったが、どうやらそうではないようだ。
 落ち着きのない声が聞える。そして、次に慌ただしい足音が此方へと向かってくる。
 誰だろう、と仁樹が椅子から腰を上げようとした。その時だった。
「仁樹君!!」
「朋音!?」
 人が―――先ほど会いたいと思った人物が飛び込むように休憩室に入ってきたのだ。
「お前、どうしてここに……!?」
 最後まで言い終わるよりも先に朋音が仁樹に抱き付き、腕を首に回す。
 抱き付いてきたため、腰を上げようとした身体は再び椅子に座ることになった。
「よかった! 本当に無事でよかった……!!」
 仁樹の無事を確かめるように、自分の顔を彼の顔へ摺り寄せる。
「おいッ! 朋音、大丈夫だから。落ち着け、なッ?」
「仁樹も惚れた女には弱ェな」
「先輩、ちょっと黙ってください」
 安心したことで泣き始める朋音。それを慰めることに仁樹は必死になるため、先輩を同時に相手にすることは無理だった。
 大きく逞しい手で自分を心配してやってきた彼女の頭を優しく撫でる。
 いつもはふんわりとした触り心地良い髪。だが、いまは濡れている。
「ひっく……、〝みんなにね〟……」
 しゃっくり声で泣きながら、話し出す朋音。
「〝教えて、もらったの〟……」
「そうか……」
 みんな、か―――……。
 その言葉に、仁樹はどことなく〝影のある顔をした〟。
 それは、朋音に見えないように。
 彼女に知られないように―――――。

 朋音が泣き止んだ後しばらくして、仁樹は料理長や店長に彼女を仕事場まで送っていく許可を貰い店を出た。
 よく見ると、彼女は仕事の制服を着ていた。看護師が着るような白い制服。
 本日の彼女も出勤日。仁樹のことを聞いて仕事場から飛び出してきたらしい。
 自分が決めた道なのなら最後までしっかりする、と以前に言ったのは彼女なのに、その彼女があっさりと破っていた。
「危ねェ奴がウロウロしてんだ。あまり一人になるなよ」
「ごめんなさい……」
 そうでなくても、彼女はよく危ない輩に絡まれる。主に、ナンパとして。
 霧雨の中、店から借りた傘をさして街を歩く二人。今回は相合傘ではなく、それぞれ一本ずつ傘をさし、手をしっかりと繋いでいる。
 しかし、人が少ない時間とはいえ、黒い調理服と看護師のような制服を着ていれば目立つもので。度々、人々から不思議な視線を向けられる。
「話を聞いたとき、居ても経ってもいられなくて……。みんなにも迷惑かけちゃった……」
 落ち込み反省し続ける朋音に、仁樹はそれ以上言うのは止めた。
 元々、彼女が飛び出してきた原因は自分にあるのだ。反省というのなら心配させてしまった仁樹自身も同じこと。
「俺も、心配させて悪かった……。ごめん……」
 それでも、彼女は仁樹が悪いとは思わない。
 仁樹は犯人を追いかけ、その途中で看板が落ちてきてしまった。だから、仁樹は悪くないと考えてしまう。
「……けど」
「え……?」
「危ねェってわかってても、やっぱ、嬉しかった……」
 額に浮かんだ汗に、飛び込んで来たときに見せた息の上がった姿。仕事場から必死に走ってきたのだろう。
「自分は、こんなにもお前に愛されているって……、そう想ったんだ」
 もし、逆に朋音が今回のような危険な目にあったとしたら、仁樹も自分の仕事を放って全速力で駆けつけるに決まっている。
 仁樹の中で彼女は何よりも優先なのだ。そして、彼女もまた仁樹が自身の中で最も優先なのである。
 お互いがお互いに一番で優先的存在。しかし、それではものごとが進まない。
 だから、お互いに気を付けているのだ。
 いますべきことは何なのだ、と―――。
「だから、俺はこの『愛』をくれるお前のために、頑張れるんだ―――……」
 繋いだ手に、彼女が痛くならない範囲の力で握る。
「仁樹君……」
「なんだ?」
 彼女の方へ振り向くと、こちらを見上げるように顔を向けている朋音と目が合う。
 その目は、先ほど泣いていたにも関わらず、美しい色を帯びていた。
「ありがとう」
 彼女は微笑んだ。

「私を、愛してくれてありがとう」
「……俺も、愛してくれてありがとう」

 朋音が『愛』をくれる―――。
 それだけで、仁樹の心は救われる―――。
「朋音」
「はい」
 だから、伝えよう。この言葉を―――……。
「俺はお前を愛している」
「はい……!」
 彼女の満面な笑み。
 それを見れただけで、仁樹はこの瞬間、世界中の誰にも負けないほどの幸せな気持ちになっていった―――。








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