神と罪のカルマ オープニングforth【07】
〇
また、懐かしい夢を見た―――……。
博士の家にて昼食を終えた後、仁樹はソファーで眠ってしまった。
肉体的にも精神的にも疲れていたのだろう。静かに、途中で起きることもなく眠っていた。
洗面台を借りて顔を洗い、眠気を吹っ飛ばす。そして、足を進め、夕飯の準備をするために台所に立った。
仁樹が寝ている間、やはり学校が休みであった灯真は海琉と遊んでいたらしい。
兄と遊ぶことが好きな弟も、疲れたように眠る兄を起こす気にはならなかったのだろう。
そんな弟の頭「ごめんな」と撫でて、付き合ってくれた親友へとお礼を口にした。
夕飯は簡単なものを作り、久しぶりに博士も含めて四人で食べた。
そして後片付けを終え、テレビを一緒に見た後、仁樹は海琉より先に家を出る。
朋音を迎えに行くために。
「聞いたわよ。爆発に巻き込まれたって」
朋音の仕事場に着くと、社長が話しかけてきた。
視線は、やはり仁樹の額に張られるガーゼに向けられる。
「大丈夫?」
「大したこと無いッスよ。朋音が無事だったことですし」
「自分より朋音ちゃんね。仁樹君らしい」
カッコいいわぁ、と目を細めて綺麗に赤で塗られた唇で弧を描く。
だが、表情はすぐに戻った。
「でもね。貴方が無事じゃないとあの子は悲しむのよ」
「……」
朋音が想う世界で一番となった仁樹。一番にしてくれた朋音。
それは、彼女の『最愛の存在』となると同時に、彼女の『最大の弱点』となること。
いや、弱点では足りない、表せられない―――。
「一番の貴方に何かがあったら、あの子は絶望的に傷つくわよ。わかってるわね」
「はい……」
社長の言葉が仁樹の胸に刺さる。
「あいつは、命に代えても守るって言っても喜びませんから……」
「でしょうね。自分なんかに命かけないでって怒りそうだもの」
「はい、怒られました」
「あら」
もう怒られていたの、と口元に手を当て上品に店長は笑う。
「朋音ちゃんらしいわね。女の子が喜びそうなセリフなのに」
「泣きながら言われましたよ。望んでないって」
「そうね。あの子が望んでるのは仁樹君との未来だもの。
貴方と結婚して、子供を育てて、笑って生きていきたいって言うわね」
まるで我が子の幸せを願う親のように、綺麗に整えられた爪を持つ指を頬に当て語る。
「どれだけ周りが笑っても、あの子を好いてくれても、貴方がいなかったら意味が無いのよ」
仁樹がいてこそ、朋音は笑える―――。
「結構周りに言われます」
「それだけ、貴方たちがお似合いカップルってことよ!」
「イタッ!」
妬けちゃうわね、と組んでいた腕をほどいて仁樹の背中を叩いてくる。しかも、音を立てて。
どんなに見た目が女性でも性別のその反対なのだ。したがって、力も見た目とは逆。
「あ~あ、私もそんな頃があったわ~。懐かしい~」
「そうッスか……」
「そうそう! 彼もそんな喋り方してね……、キャー!」
「痛い、痛い! 痛いッスから!!」
過去を思い出し、テンションが上がっていく。比例して、叩く力も強くなっていることに気づかない。
「お待たせしました~って、仁樹君!?」
「朋音、この人止めてくれ……」
そこへ帰りの支度が出来た朋音が奥の部屋から出てきた。
ナイスタイミングで出てきた恋人に、乙女心が暴走している社長を止めるように悲願する。
「駄目ですよ、社長! 仁樹君は怪我人なんですよ!」
「あらやだ。仁樹君ごめんなさい」
「止まってくれたのなら何よりッス……」
背中が赤くなっているに違いない。
社長の噂は間違えなく本当だ。そんなことを確信していると、朋音が近寄ってきた。
「大丈夫?」
「大丈夫だ……」
「なになに~。また社長暴走しちゃったんですか?」
心配そうに眉を八の字にして仁樹の顔をしたからのぞき見る朋音。
そうしていると、彼女が出てきた部屋から社員たちがぞろぞろと出てきた。
「社長は馬鹿力なんですから、力加減を考えてくださーい」
「おほほほ。馬鹿力じゃないわよ、乙女パワーよ」
「それでも、力が強いことはかわらないですよ」
またしても上品に笑う社長に女性社員たちは呆れて肩を落とす。
「ごめんね、仁樹君。うちの社長が……」
社長に代わり、社員内で年長者である女性から謝罪の言葉を貰った。
「いえ……。それにしても毎度思うんスけど、店長の元恋人と俺ってそんなに似てるんスか?」
「そうね~、一回しかあったことないけど、中身はなんか似てるかも。見た目は全く違うけどね」
でも、髪を染めていたことは一緒かな、と不規則に染められた仁樹の髪に視線を向ける。
ということは、当然視界にはあの白いガーゼが目に映るわけだ。女性は思い出したかのような短い声を上げた。
「昨日、怪我しちゃったんだものね」
「あぁ。軽いんで、大丈夫ッス」
さて、この二日間で「大丈夫」という単語を何回聞いて、何回言ったのだろうか。
ふらっ、とそんなことを考えていると女性は困ったような顔をして、「まったく……」と口にした。
「あんまり無茶しちゃ駄目よ。
今回は事件に巻き込まれたって話だけど、仁樹君自体よく喧嘩したりして怪我するでしょう?」
「まぁ、売られた喧嘩だったり、やんなきゃいけない喧嘩だったりするもんで」
「男の子だから喧嘩とかするのは仕方と思うけど……」
「それでも、刃物とか卑怯な相手には無茶しない方がいいと思うよ~」
「そうですよ。逃げるのも手ですよ」
「三十六計逃げるにしかずね。いくら貴方が腕っぷしに自慢があって強くても無理は禁物」
社長と社員一人ひとりが仁樹に詰め寄ったり、静かに説教したりして言い聞かせる。
自分の為にも。朋音ちゃんの為にも。決して無理をするな。
そんな彼女たちの気迫に若干引き気味の仁樹に気付いているのか、気付いていないのか。
「あ、あの、みなさん……?」
同じく気迫にやられている朋音は、仁樹をどう助ければいいのか後ろの方でオロオロしていた。
「ね! 朋音ちゃんもそう思うでしょう?」
そんな中、ふいにこの状況を作った女性が後ろにいる朋音に問いかけた。
「え? あ、あの……」
「そんなの朋音ちゃんが毎日言ってるに決まってるじゃない!」
「それもそうね」
「……」
話すタイミングを社長に取られ、そのまま口を閉ざしてしまった。
いや、口を閉ざさないでくれ。助けてくれ、と仁樹は視線で後ろの方にいる語り掛けようとした。
あッ……―――。
が、語り掛けることもなく、その思いもすでに無くなっていた。
彼女の顔。それはどう助けるかと困った顔でも、話すタイミングを取られてショックを受けた顔でもない。
とても、切なそうな――――。
「すみません!」
仁樹は大きな声を上げる。
先ほどまで気迫に負けて引き気味だった仁樹。
そんな彼がいきなり大声を出したということで、社長と社員一同は驚き、キョトンとした顔を彼に向ける。
しかし、流石は社長というべきか。すぐにはっ、として顔を戻し、申し訳なさそうに仁樹へと話しかける。
「ごめんなさい。ちょっと言い過ぎちゃったわ……」
「あたしも……」
「ごめんね」
「すみません……」
社長に続き、社員たちも各々謝罪の言葉を述べた。
「いえ、こちらこそすみません。いきなり大声出して……」
心配してくれるのは本当にに嬉しいと感じた。気迫は凄かったが。
だが、朋音の、あの表情を見てしまっては、失礼だと分かっていながらも声を上げられずにはいられなかった。
あの、とても、切なそうな―――。
とても、〝申し訳なさそうな〟――――……。
「朋音」
「はい?」
下を向いていた彼女の視線が、仁樹が呼ぶことで彼へと向ける。
向けられた彼女の顔は先程見た表情ではないが、何処かぎこちない。
それは仁樹に悟られないよう、無理に『いつもの顔』を作っているのだろう。
そんな顔、見たくねェ―――……。
「帰ろう」
いつもの、お前の顔を見せてくれ、と気持ちを乗せながら。
「そんで、沢山話そうぜ」
仁樹は朋音に手を伸ばした。
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