神と罪のカルマ オープニングforth【09】



「仁樹君?」
「……!」
 朋音の呼びかけに、飛ばしていた意識を戻る。
「わりィ、少し昔のことを思い出してた」
「ちゃんと前見てないと電柱とかにぶつかっちゃうよ?」
 雨は降っていない。傘を片手に持ち、もう片方の手で繋ぐ。
 爆発が起きたためか、いつもより人がいない街を通り抜け、帰るべきで場所へ向かって電灯の並ぶ住宅地を歩いていた。
「ねぇ、仁樹君。今日は私が夕食作っていいかな?」
「え?」
「作るっていってもメインは昨日のハンバーグなんだけどね」
 昨日、博士の家で治療、事件の推理をして帰宅した時に、彼女はあまり食欲が無かった。
 その為、仁樹は簡単でさっぱりしたものを作り、それを夕飯として終えた。
「でもね、スープとかサラダとかは私が作りたいなぁって」
「朋音……」
「いいかな?」
 隣に、自分より低い位置にある彼女の顔はいつも通りの顔だった。
 何処かぎこちない、『いつも通りの顔』。
「あぁ……。その代わり一つだけ答えてくれ」
「はい?」
「なんでそんな顔をするんだ?」
 その言葉に朋音は目を見開く。
「え……、そんな顔って?」
「言葉を間違ったな。何かあったのか」
 あの時、あの騒ぎの中で見せたあの表情。その表情が仁樹の頭から消えることが無かった。
 あの会話の中で何があったのか。何が彼女の心に刺さったのか。
「何もないよ」
「嘘だ。俺がそういうことに敏感なのは知ってるだろ」
「あの……」
「俺は、お前のいつもの顔が見たい」
 進めていた足が立ち止まる。
「答えたくないのか?」
「……」
 問い詰めるつもりはない。問い詰めて彼女の中に広がる何かが悪化しては意味が無い。
 ただ、彼女は自身の不安を話さない時がある。自身が傷ついても口にしないことがある。
「朋音……、話したくないなら話さなくいい。聞こうとして悪かった」
「いえ、仁樹君が悪いわけじゃ……」
「だけど、もし……」
「……?」
「もし、いまお前が思っていることが『ズルい』ことだと想っているのなら、前にも言ったはずだ」
 隣に立つ彼女を向かい合うように、優しく語り掛けるように目を向ける。
「俺にだけは『ズルい』ことを言ってくれって……」
「……!」
 あぁ、やはり『ズルい』ことだったのか―――……。
 仁樹の言葉に朋音は、いまにも泣きそうになる顔を必死に抑えるように唇を噛み、彼に見せないように下へと向ける。
 それは手にも表れ、仁樹と繋ぐ手にも力が入り込む。
「仁樹君も、ズルいと思う……」
「あぁ」
「ホントにズルいよ……」
 その優しさに甘える私もズルい―――……。
 近くにいても、聞き取るには難しい小さな声で呟く朋音。
「悔しかったの……」
 ポツリと、彼女の口から聞こえた。その言葉に仁樹は耳を傾ける。
 途中で口を挟むことはしない。ただ、静かに彼女の口から零れる声を聞き逃さないように集中する。
「みんなが、仁樹君に『無茶しないで』って言ってることが……」
 『無茶』か―――……。
 それがどんなことを表しているのか。どんな思いが込められているのか。
「私にはそれを言う〝資格がないということが〟……」
「……」
「凄く悔しかった……」
 だから、か―――……。
 あの、彼女が見せた申し訳なさそうな顔は、その言葉を懸けられない自分の情けなさからきたものだったのだろう。
 その情けなさ、悔しさ、自身に対する嫌悪が彼女の身体を震わせる。
 片手に握る傘が握る力で音を立てる。
「〝私がみんなを危険な目に合わせてるのに〟……、その言葉を口にする資格がないのに……」
「朋音」
 繋いでいた手を解き、自身を否定し続ける彼女を仁樹はそっと抱きしめた。
「私が強くないから、みんなを巻き込んで……」
「違う」
「私が弱いから、みんなに迷惑を掛けちゃって……」
「頼むから、これ以上自分を嫌いにならないでくれ」
 これ以上、傷つかないでくれ―――……。
「私が、こんなんじゃなかったら誰も傷付かなかったのにって」
「お前だって、沢山傷ついてきたじゃねェかよ」
 世界を愛することをやめれば傷つくことはないのに―――……。
 何度も、何度も彼女が彼女自身を傷付くたびに、仁樹は思ってしまう。
 思わずにはいられないのだ。
 けれど……。
「お前は、世界を愛するその想いを、嫌いになったことは無いんだろう?」
「うん……」
「なら、大切にしてくれよ……。俺に〝教えてくれた〟、その『想い』を大切にしてくれ……」
 彼女を抱きしめる腕に力が入る。
「仁樹君……」
 彼女もまた、その頬に一筋の涙を流しながら、その腕を仁樹の背中へと回す。
 同時にカシャン、と朋音の傘が落ちた。
「俺は、ここにいる……。お前の『一番の我が儘』を守ってるから……」
「うん……」
「俺は大丈夫だから……」
「うん……!」
 お互いに、抱きしめる力が強くなっていく。

 世界を殺したいと思ったことがあるか。
 もし、そう聞かれたとしたら仁樹は迷わず頷くだろう。
 それが、朋音が愛している世界だとしても。
 傷付けるだけの世界ならいらない、と言って。
 その手で握りつぶすように、粉々に砕くようにして殺してしまうのだろう。
 だが、仁樹はしない。
 世界を殺すことが出来ても、それを彼女は望んでいない。
 世界を愛してしまった朋音。愛することを拒むことができない。
「なんで、世界は自分勝手なんだろうな」
 抱きしめていた腕をほどき、月の無い雲ばかりの暗い空を仁樹は見つめる。
「自分勝手で理不尽な世界に、なんでお前らはいるんだろうな」
 違う世界があったとしたら、そこは一体どんな世界なのだろうか。
 いくら見つめても答えてはくれない世界。そんな世界に仁樹の口から零れるのは溜息ばかり。
「仁樹君は、世界が嫌い?」
「嫌いかどうかわからない……、ただ」
「ただ?」
「どうしようもねェぐらいに、許せねェ時がある」
 望んでもいないことを。願いたくもないことを。知りたくもないことを。
 強制的に、押し付けてくる世界を、許せない。
「悪いな、お前が愛している世界を好きと言えなくて」
「ううん。これは、私の想いだから。誰にも強制したりはしないよ」
 帰ろう、と。今度は彼女が手を仁樹へと差し出した。
 再び、手が繋がり歩き始める。
「では、今日の夕食は私が作っていいですね?」
「あぁ、楽しみにしてる」
「改めて、現役料理人さんにそう言われると緊張するね」
 先ほどのぎこちない顔はもうそこには無い。
 いるのは、『いつも通りの顔』で、何のスープを作るかと考え始める彼女の姿。
「朋音」
「なに?」
「さっきの話だけど、確かに俺は世界についてはっきりとは言えねェ。だけど……」
 だけど、これだけははっきりと言える―――。
「俺の、周りの世界は大好きだ」







 世界よ――。
 仁樹は心の中で呟く。
 お前に言おう―――……。
 その呟きは、まるで炎のように。
 心の世界にて燃え上がる。
 こんなにも、朋音はお前を愛している―――……。
 愛されているのだから―――……。
 炎は紅蓮に、燃え続ける。
 それは、仁樹の怒り。世界への怒り。
 遊び半分で、彼女を傷つけるな―――……。
 返事の帰って来ない心の世界で、その怒りは響きわたる。

〝除外した俺にここまで言わせるな〟―――……!

 返事は帰って来ない―――。







神と罪のカルマ オープニングforth 終
神と罪のカルマ オープニングfifth 続








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