神と罪のカルマ オープニングsixth【01】



「~♪」
 広々とした部屋で、一人の男がソファーに座っていた。
 壁一面に広がる大きな窓。そこから見えるのは緑の木々や月を映す湖。此処が都会では無いことを、ありのままの姿である自然が教える。
 部屋の中には、素人でも一目でわかる高級品の家具が置かれていた。
 家具だけではない。棚に置かれている食器、食べ物、衣類。全てが高級品ばかりだと伺える。
 一体、この部屋にあるものだけで、どれぐらいの金を注ぎ込んだのか。
 数々の高級品に囲まれた世界。息苦くなりそうな部屋で男は鼻歌を奏でながら、その手で色紙を折っていた。
 紙は白。真っ白。純白。三角に折り、また三角に折る。  二回折ったあとは、紙と紙の隙間に指を入れて広げて開き潰す。
「出来た♪」
 細かな作業を続けていると、最後には折り鶴が完成していた。
 歪みもなく、ズレもない。綺麗に仕上がった折り鶴はそばにあった糸付きの針に通される。
 糸には、既に何百羽ものの折り鶴が繋がっていた。
「こいつで、367羽目」
 折り鶴の束を傍らに置き、次の折り鶴を、368羽目を作る為に新しい色紙を手に取る。色は赤。
 すると、後ろのドアからノックの音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
 ドアが内側に開かれる。
 入ってきたのは、黒いスーツを着た男。肌が黒く、ガタイがいい。
 四十代ぐらいと思われるスーツの男は背筋を伸ばして一礼し、ソファーに座る男へと歩みよる。
「千架様」
「やぁ。元気か?」
 名を―――、『千架』と呼ばれた男は振り向いた。

 一度だけ。たった一度だけ、その姿を見れば忘れることは決してないだろう。
 彼の存在は見た者すべてに焼き付ける。
 目。鼻筋。口元。どれ一つ欠点が無い、端正な顔立ち。
 「美しい」、「カッコいい」という表現さえ、彼の前では無礼と思えてしまう。無駄のない、完璧な容姿。
 何よりも印象的なのは、その整った口で作る妖艶な笑み。それを見ただけで女性たちは心を乱され、騒ぎ立ててしまうであろう。
 『絶世なる美青年』―――。
 残念ながら、それ以上に彼の魅力的な姿を表現できる言葉が無い。言葉に出来ない。
 だが、これだけは言える。
 『忘れる』という、『愚かなこと』は誰もがしないであろう―――――。

「ワタクシ如きの体調をご心配いただき光栄です」
「お前が動けないと私が困るからな」
 振り向いたにも関わらず、スーツの男を視界に入れない。折っている色紙のみを見ていた。
「で、何?」
「ご報告があります」
「あぁ、報告しながらでいいから珈琲をいれてくれ」
 368羽目の折り鶴を完成させ、糸に通す。
 鶴の束を今度は適当にそこら辺に投げ、床に無造作に置かれていたアイパットを拾う。
「ついでに甘い物も欲しい」
「お作り致しましょうか?」
「いや。私が作ったケーキが冷蔵庫にあるだろう?共に食べようじゃないか」
「わかりました」
 千架の命令に従い、男は部屋についている広いキッチンへ向かう。
「報告って?」
「例の男が捕まりました」
 男性として魅力的な指でホームボタンを押し、真っ黒だった画面を光らせる。
「例の男……、あぁ。『死の遊び人(デスプレイヤー)』とかいう犯罪者〝擬き〟か」
「はい」
「お前が拳銃やるって言ったら、はしゃぎ回った馬鹿だな」
「その通りです」
 画面上のアプリを一つ起動させ、何やら表みたいなものを画面上に開く千架。スクロールし文字や数字を打ち込み始める。
「一ヶ月……」
 整った口からため息が零れる。
「〝成績は最悪だ〟。」
 上質な素材でできたソファーに寄りかかり、良い結果を残せなかったそれを片手で適当に後ろへと放り投げ、床のフローリングに音を立てて落ちた。
「〝いままでの奴ら〟は大体二回目ぐらいには警察に捕まっているのに」
「褒美をやらないと本気に人を殺しにいきませんでしたから」
「本当、〝使ってやったいるのだから〟真剣に殺しにいけってと思うよ」
 キッチンから匂ういれたてである珈琲。ケーキと共に千架のもとへ男は運んでくる。
「次の『アテ』は?」
「残念ながら」
「そうか。まぁ、座れ」
 テーブルへと並べられていく珈琲とケーキ。
 男はまた一礼し、千架の座っていないL字に並ぶソファーに座る。
 置かれたケーキは、まるでパティシエが作ったといっても不思議ではない華やかなもので、飾られたフルーツはまるで芸術品の花のように咲き誇り、食べることが勿体無く思えてしまう程のものであった。
「そういう人間は少ないから困る」
 だが、千架はプロ顔負けのケーキを躊躇なくフォークで刺した。刺したまま、口に運ぶことなく、珈琲の入ったカップに口を付ける。
「……うん。お前の珈琲はやはり美味しいな」
「勿体無きお言葉です」
 自分の言葉に、深々と頭を下げる男。その姿に、「ふふ……」と笑いが千架の口から零れた。
「どういたしましたか?」
「お前はいつも、機械ように話すと周りから言われているのが」
 私と話すときは、『感情』を見せる―――……。
「ワタクシにとって、千架様以外はどうでも良いのです」
「嬉しいな……、けれど。今後は私と―――」
 カップを皿に戻し、ケーキに刺したフォークを抜き取り、
「〝朋音〟以外だ」
 再びケーキに突き刺す。刺して、刺して、刺し続ける。
 豪華な飾りつけはボロボロに。フルーツもスポンジもクリームも。原形をなくし、食欲を無くす無残な姿へと変り果てていく。
「朋音の『力』のために……、まだまだ必要なんだ」
「朋音様のためにも。そして千架様のためにも」
「そうさ!!」
 突然の大声。同時に無残な姿のケーキにフォークを先程よりも深く差し込み、立ち上がった。
 テーブルが揺れ、僅かだが珈琲が零れる。
「私たちのために必要なのさ! ‶『人を殺す運命』を持つ犯罪者〟が!」
 意気揚々としたその顔で、その声で。芸術という素晴らしさを語るように。
 恐ろしきことを高々と言い放ち、そのまま千架はソファーへと倒れ込んだ。
「朋音の『力』は素晴らしい。もっと磨けばより優れたものになるのは間違い無い」
「おっしゃる通りです」
「ふふ。……なぁ」
「はい」
 零した珈琲を綺麗に拭くスーツの男。だが、千架の声を聞き逃すことなく、すぐに返事を返した。
「この前、気まぐれで作った動画はどうなった?」
「動画再生数はトップ10に入りました」
「適当に考えた玩具は?」
「即日完売です」
「ふざけて考えた携帯デザインは?」
「人気機種に」
「面白半分で怒らした社長の会社は?」
「倒産させました」
「途中で飽きたアプリのゲームは?」
「未だにアクセスが途絶えることはありません」
「ふーん。……では」
 千架は不敵に笑った。
「〝そこそこ〟、気合いを入れて書いた小説『狂い人(クレイジーヒューマン)』は?」
「売り上げ書籍第三位です」
「……ふふ。ふは、ふはは、ふははは!!」
 腹を押さえ、足をばたつかせる。笑い声を上げる。
 庶民にとって震えるほどの高価な食器たち。千架が作り上げた色とりどりの折り鶴の束。
 周りにあるものなど一切気にかけることもなく、その長い足を大きくばたつかせた。
「ホント、ホント簡単だな!! ひ、ひ、腹痛い!! 私が本気を出せば、ふ、ふふ、一位だって、普通に取れる!!」
「当たり前ですよ」
「そう!! 〝当たり前〟!!」
 笑いによって目から流れる涙を腕で擦るように拭き、男の方へ顔を向ける。
「〝当たり前なんだ〟。私は、当たり前に全てが出来る」
 当たり前。誰もが簡単に、辿り着けない高みへ辿り着くことが。
 血が滲む努力をしようと報われない道を。挫折を繰り返し、歩むこと諦めてしまう困難な夢を。
 千架は『当たり前』だという。出来て、当然だといってしまう。
「いや、〝それぐらい〟出来なくてどうする」

〝『神』なのだから────〟

「全ての者が畏れ、願い、望む。穢れ無き、気高き、白き存在である『神』なのだから────」
 いかに、『神』が偉大な存在であるか。尊い存在であるか。果てしなき存在であるか。
 彼が放つ一言一言に、『神』を感じさせる。
 『神』の意思を感じさせる―――――。

 千架は―――『神』であり、誠の名は――――。
 紳井千架(しんいせんか)――――。
 『紳井(しんい)』―――。
 『神意(しんい)』―――。

 『神』と『意』―――――。

〝『神として意を決する者なり』〟――――――。

「『神』である私に、『普通』なんてものは似合わないだろ?」
「『神』に相応しいものではないといけません」
「それが、〝朋音〟だ」
 ケーキ、と呼ばれていたものを下げさせ、新しい珈琲を淹れるように命令する。
 置かれているタオルで手を拭き、そして、また新たな色紙を手に取った。青の色神。
「私の持っていないものを、朋音は持っている……。ホントに、素晴らしいよ」
 三角に折り、また三角に折る。二回折ったあとは、紙と紙の隙間に指を入れて広げて開き潰す。
「〝『死の瞬間』を見る力〟――――」
 止めることなく手を動かし、あっという間に369羽目の折り鶴を完成させた。
 糸に通し、また新たな色紙を摘み取る。今度は黄色を選んだ。
「世界を愛し―――。そして、〝世界に『愛された存在』〟―――――」
 折った後に指をスライドさせ、綺麗な折り目を作る。
「愛し、愛されたがゆえに、与えられた『力』。そして、それに耐えゆく、朋音の『精神(こころ)』――――」
 最高ではないか――――!。
 千架の口が弧を描く。

 人の、〝死の瞬間を見る力〟――――。

 その名は、『霊能力』――――。

「朋音以外にも、その力を持つものは存在する。……だが、全員が全員、〝朋音のようではない〟」
 霊能力と聞いて、何を想像するだろうか。何を思うだろうか。そして、考えたことはあるだろうか。
 彼らの、苦痛を。心の叫びを。彼ら自身の立場になって、考えたことがあるか。
 能力を持って生まれた彼らが。目覚めた彼らが全員、その力を受け入れられると思うか。
 答えはノー。受け入れられない者だっている。
 受け入れるべきか。無視するべきか。拒絶するべきか。彼らの苦悩は、ここから始まるのだ。
 例え、自分自身が受け入れられても周りはどうだ。
 普通とは違う。可笑しい、狂っていると周りが受け入れなかったら。
 その力を持っているがゆえに。ただそれだけで、孤独を味わっている。理解されない辛さがある。
 能力を認められなくて、逃げたくて。自分を傷付けてきた者たちだってこの世に大勢いるのだ。
 朋音のように、力と共存することは簡単ではない。容易に考えるものではないのだ。
 彼らには、彼らの痛みがあるのだから―――――。

「朋音のような者は、そう簡単にはいない」
 世界を愛している彼女が、壊れずに生きている。その力を己の運命だと、宿命だと受け入れている。
 周りにいる者たちが理解し、支えているからか。世界が彼女を愛しているからか。
 その身に宿る、彼女の『精神(こころ)』が強いからか――――。

「そんな、朋音だからこそ……」
 370羽目。慣れた作業は時間が経つにつれ、完成させる時間を短くさせていく。
 流れるような動きでまた糸に通し、新たな色紙を手に取った。色は緑だ。
 三角に折り、また三角に折る。二回折ったあとは、紙と紙の隙間に指を入れて広げて開き潰す。
 ……だが。この作業の間、彼の意識は色紙などには向かれていなかった。

 意識するは、ここにはいない彼女のこと―――――。
 明るい髪の色。ブラウンの瞳。長いまつ毛。ぷっくらと膨らんだ唇。桃色の頬。白い肌。細くも美しき身体。
 女性が焦がれるもの全てを揃えた、『絶世の美女』と称されし朋音を。彼は思い浮かべる。

「‶彼女は、私の『妻』に相応しい〟」

 手には371羽目の折り鶴。それもまた糸に通し、その手は新たな色紙へと伸ばした。
「だから、美しくなれ―――」
 色は再び、『白』を選ぶ。

「より、私に相応しい『妻』となれ――――」

 そして、372羽目を作り始める―――――……。








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