神と罪のカルマ オープニングsixth【04】




「温めて食ってくれ」
「あぁ、すまないな」
 あの後。怒りと憎しみによって興奮するも、博士によって宥められ、なんとか落ち着きを取り戻した仁樹。
 今回の事件について互いに知っている情報を交換し、今後、財峨と神一族がどう出てくるかを話し合った。
 そうしているうちに、同時進行に進めていた料理も完成し、洗い物も終わらせた仁樹は、いくつかジャガイモを貰って玄関で帰る準備をしている。
「本当に、すまないな……」
「あァ?」
「お前にはいつも感謝している」
 靴紐を結んでいた手を止め、仁樹は博士の方へと振り向く。
「なんだよ。気色悪い事言うなァ」
「気色悪くてもいい。言わなくてはいけないことだ」
 壁に寄りかかり、白衣のポケットから煙草を取り出し、口にくわえてライターで火を付ける。
「まだ名乗っているからにしても、『財峨』とは縁を切ってもいいはずだろ」
「……」
 その言葉に動きが止まる。
「『人形』としてお前の人生を壊した、憎い筈の財峨に手を貸してくれている……。
 正直、お前のおかげで俺達、『革命』側が動けていると言っても過言ではない。だから……」
「違ェよ」
 手の動きを再開させ、靴紐を結び終えて立ち上がる。
「財峨に手なんか貸してねェ。いままでのだって、たまたま財峨と関わりがあっただけだ。
 これは俺と……、〝朋音〟のためにやってんだ」
「〝死の瞬間を見る力〟、か……」

 優し過ぎるが故に。、愛し過ぎるが故に。世界が彼女に与えられた。苦しく、重い、『力』――――。
 死の瞬間を見る力。霊能力―――。
『救える命は救いたい───!』
 他者を、彼女が愛する世界を救うことが出来て、自身を苦しませ、滅ぼすことが出来る力。
 その力を彼女は他者の命を救うために受け入れ、その残酷なる光景によって心を傷つける。
「真似出来ねェよ……」
〝自分のためにやっている〟、俺には真似出来ない―――――。
「それに……、全部を全部、財峨のせいにするわけじゃねェんだ」
「……」
「確かに人形として、俺の人生を歪めたのは財峨だけど」
 自分の、そのたくましい両腕を掲げ、漆黒の瞳に映し出す。
「多くの命を奪ったのは誰でもない。この『俺』だ――――……」
 妬けた色をした腕のはずなのに。過去の記憶が重なり、色を変える。
 殺めた多くの人の、真っ赤な血によって濡れた腕が今の腕に重なる――――。
「『俺』が自ら『人形』になったんだ―――」
 血は落ちようとも、脳に刻まれた血は落ちることはない。
 それは、まるで「忘れるな」と訴えかけているように。彼の記憶として残る。
 仁樹が、『人』であることを忘れなければ。『感情』と『自我』を忘れなければ。
 少しは、未来が変わっていたのかもしれない。多くの人が死なずに済んでいたのかもしれない。
 もしも、の話など所詮は戯言。叶わぬ夢物語。切なき願いの塊だ。
 それを、痛いほどわかっているから。仁樹は自分を責め続ける。
「……悪ィ。なんか暗ェ話にしちまってよ」
「謝るな。そうさせたのは俺だ。すまない」
 申し訳なさそうに。暗い顔つきになった仁樹に、博士は謝り、煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消す。
「だが、お前にはしっかり礼をしたいな」
「いいって、別に」
「財峨としてではない、『俺個人』としてだ。お前は息子の安全を守ってくれたのだからな」
 壁から離れ、仁樹の前に立つ博士。そこには、財崎の人間でも博士と言われる人間でもない、『父親』が立っていた。
「あんた達は、俺の『家族』だ。守らなくてどうすんだよ?」
「では、『家族』として何か礼をしたい」
「おいおい……」
 ああ言えばこう言うとは、まさにこのこと。
「今度、旨い店にでも連れて行って奢るか?」
「俺の店来てどうする」
「ほぉ」
「俺の店以外ないだろ?」
 今や人気の料理店『グーテンターク』。
 この店に適う味を持つ料理店はこの都会の世界にあるのだろうか。
「礼ってんなら、ジャガイモ貰ってんだろ」
「それは朝食の礼だ」
「……あ。だったらよ」
 そう言って仁樹は玄関にかけてあった『ソレ』を手に取った。
 そもそも、仁樹は『ソレ』を返しに本日この博士宅に来たわけなのだが。
「気に入ってたからな。この傘くれよ」
 通常よりも一回り、いや二回り程大きいであろう藍色の傘をかがげる。
「……気に入ったのか、それ?」
「あァ。デケェし、色も好みだし。何よりも素材がいい。ぶん殴っても折れないどころか、曲がったりもしねェ」
「おい。いまぶん殴ったって……」
「……すんません。借りました」
 流石に、借り物を戦いに使ったことには素直に謝らなければならないだろう。
 しかし、やはり借り物とはいえ、彼にとって自身の身体に合った傘を使用した戦いはやり易かった。
「ビニール傘じゃァ、限界があるし……」
「まぁ……、元々お前にやるものだったし。別に謝らなくてもいいんだがな……」
「元々?」
 呆れ口調の博士の言葉に引っかかる仁樹。
「なんというか……、誕生日プレゼントだ」
「誕生日プレゼントって……、この前、この靴買ってくれただろ」
 履いている靴。スニーカーを指差し、再び訊ねる。
「確かに買ってやったが、後々考えて傘の方が良かったのではないかと考えてな。ほら、お前、よく馬鹿力で傘壊すだろう?」
「言い訳も言い返すこともなく。そうだな」
「それに、今は六月だ。傘も普通の私生活で必要になるだろう。というわけで、お前用に注文したんだ」
「え? てことは、これオーダーメイドか?」
「私生活にも戦闘にも役に立つ。この世の中に一つしかない傘だ。大切に使えよ」
 オーダーメイドの傘。しかも、先程の仁樹が言った「素材がいい」ということから、値段も驚くものであろう。
 きっと高いだろうなァと思ってはいたが、それを遥かに超える値段であろうと考えると、躊躇なく防御や攻撃に使った自分に仁樹は頭が痛くなった。
「ぜってェ、壊さないように気を付けよう……」
「あと、傘の殺傷能力を出来るだけ減らしている」
「……そうか」
「減らしてるだけで、〝失くしてるわけではない〟。だから、気を付けろよ」
 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ仁樹の表情が陰った。それを気付かれないように直ぐに直し、「ありがとよ」と言って傘を貰い受ける。
「しかし。梅雨時にお前が傘を忘れるとはな」
「俺だって、普通は忘れねェよ。ただ、あの日は寝坊しちまったんだ」
「ほぉ。お前が寝坊か」
 仁樹が寝坊したことがどうやら珍しかったらしく、素直な驚きを見せる博士。
「眠れなかったのか?」
「眠れなかったつーか、寝てる時間が短かったんだ。前の晩にめんどくせェことに巻き込まれてよ……」
 そう言って、その出来事を思い出し、言葉通りの面倒くさそうな顔を浮かべる。
「酔っ払いに絡まれたんだ」
「いつも通りに無視しなかったのか」
「いや、無視はしたにはしたんだが。そしたら、いきなりそいつが襲ってきたんだ」
「拳で?」
「ナイフで」
 話によると、突然ナイフで襲ってきた犯人を仁樹はかわし、隙を見て腹に拳を一発喰らわしたらしい。
 酔っぱらっているということは、酒をたらふく飲んでいるということで。その一発が響いた犯人はそこで跪き、嘔吐。
 この時、走って逃げてもいいはずなのだが、連続犯罪者と戦う程の実力を持っていた仁樹はこれ以外被害が出ないよう、捕まえることを選択し、戦闘態勢を取っていた。
 そんな時。犯人が落としたであろう鞄から見覚えのある紙が大量にはみ出していることに気が付いた。
「なんの偶然か。そいつ、連続コンビニ強盗だったんだよ」
 その後、再び襲い掛かってくる犯人をナイフに気を付けながら地面に押さえつけ、携帯片手に警察へ通報。
 しばらくしてやってきた警察に事情徴収のために署まで同行するように言われ、解放されるまで結構時間がかかった。
 それから自宅に帰って眠りについたのは職業、料理人に対して厳しい時間。一日立ちっぱなしで疲れた身体を回復するには無理な時刻であった。
「しかも、その日に限って寝ぼけて目覚まし時計を止めちまってたし……」
「それはお気の毒だったな……」
「朋音が奇跡的に起きたのが救いだったよ……」
 普段、自分よりも遅く起きる朋音。その彼女に起こしてもらった時の半端ない焦りは一緒に住んでいる仁樹にしかわからないであろう。
 そんな奇跡を起こした彼女が、いま、仁樹が帰ろうとしている場所にいる。
『仁樹君―――』
 そのことを思い出した途端、口角が上がった。
 単純だな――――……。
 彼女を思い出すだけで、笑える自分が単純過ぎてまた笑えてくる。
「じゃァ、お礼はコレってことで。そろそろ、俺は行くな。朋音が待ってる」
「久々に、嬢ちゃんとデートか?」
「さァ? どうだろうな」
 灯真も開けて出ていった玄関の扉に手を伸ばす。
「また、来る」
「また来い。今度は、みんなで食事をしよう」

 仁樹の手が扉を開く。
 外に出て天を仰ぐと、そこにはいままで雨や曇天が嘘だったかのような空が広がっていた。
 空の端から端まで。青で塗り潰された空に、雲が絵の具のように絵を描いてジメジメと、気分が落ち込む天気はもういない。光が照らす世界。
 久々に、太陽を見た。そんな感覚が仁樹の身体を巡る。

「受け取ってくれたな……」
 仁樹が去った玄関で、精神的に、疲れたように博士は呟いた。
「たく……。自分では受け取らないからって、俺に全てを任せるなよなぁ……」
 盛大な溜息をつき、連日仕事で重くなっている身体を動かして玄関から資料まみれの部屋へと移動する。
 あともう少しだ、と。自分で自分を奮いだたせ、椅子に座って机に向き合う。と、机の上に置かれている―――、〝あるもの〟が目に入った。
「……けど」
 しばらく、その〝あるもの〟を見つめる。そして博士は、ゆっくりと手を伸ばした。
「誕生日プレゼントに役立つものを渡したいぐらい、あいつを気にしているのだな……」
 手に取った……〝倒していた写真立てを見て〟、困ったように微笑む。
 枠の中にある写真には、三人。成人しているであろう男女が笑っていた。
 一人はいまよりも若かりし、博士の姿。もう一人は、亡くなってしまった妻の姿。
 もう一人は―――――……。
「罪を背負うってことは、本当に難しいな。『主』よ―――……」
 もう、戻ることも。やり直すことも出来ない、若き頃を。博士は思い出しては胸にしまうことをずっと繰り返す。
 犯してしまった罪から、博士も、『主』も、亡き妻も。
 生者や最高管理者はもちろん、死者であろうが。背負うことから逃れることは出来ない。
〝一生の『罪』―――――〟
〝一生の、己が作った苦しみ―――――〟
「だが……、いま、この時を『幸せ』だと思ってしまう俺は、愚かなのだろうか……?」
 答えは、きっと誰にも分からない。誰も教えてくれない。
 己で、己が納得する答えを出すまで――――。
 仕事を再開しよう、と。再び、写真立てを同じ状態に戻し、マウスを動かす。
 今回の事件がニュースに上がっていないか。テレビのアイコンをクリックし、パソコンの画面上に映し出す。
 番組は丁度、日本全国の地図を映し出し、今後の天気について伝えていた。

《────地方は、低気圧が通り過ぎ、数日ぶりの晴れ晴れとした天気になるでしょう!》







神と罪のカルマ オープニングsixth 終
神と罪のカルマ オープニングβ 続








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