神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれfirst【02】



 都会の街から離れた場所―――…………

「グロいなぁ……」
 黒いスーツを着た女性が呟く。
 林の中。いくつもの「立ち入り禁止」と黒字で書かれた黄色い張り巡らされ、人々の侵入を拒むその中で、女性は立っていた。
 人々と言っても全員ではない。当然だが、〝この場所に居なくてはならない〟人物たちの侵入は許すのだ。
 何人ものの人々が黄色いテープ内の林の中を歩き回る。だが、歩き回るにしても好き勝手にではない。
 注意深く、決して見落としてはならないもの捜しながら。汚してはならないものを避けながら。
 では、この人々は何者か。それは、この林の近くに停められている黒と白の車によってはっきりと分かる。
 黒と白の車―――、
 それは、パトカー……と、普段見かけることは無いであろう警察の車合わせて数台。
 この場が〝どんな場所であるか〟。それらは示していた。
   スーツの女性の近くにはブルーシートが広がっている。
 その下には――――、
 まだ、「女性」と呼ぶには幼すぎる―――、
 『少女』の、〝死体〟が――――……。
「親よりも、先に死ぬなんて……」
「警部」
 きっと、ブルーシートの下で眠る少女の親は、自分とは年齢が変わらないのではないだろうか。
 そんな想いで女性が再び呟いていると、後ろから自分の「階級」を表す声が聞えた。それに反応し、後ろに束ねていた髪を揺らしながら振り返る。
「どう、景(けい)? 凶器とか落ちていた?」
「いえ。まだ、それらしきものは……」
 振り返った先にいたのは若い、女性の部下に当たる黒スーツの男性が一人。
 暑い気温の中でそのような格好だ。短い前髪の下にある額には汗が当然のように浮かび上がっている。
 それでも、彼のやや猫目の黒い瞳には疲れが見えない。この、決して許されることのない状況が、彼を許さないからだ。
 ――さすが、私が見込んだ男だ。
 自分の部下、形原 景(かたはらけい)を心の内で褒めながら、再びブルーシートへと視線を向ける。
「何度見ても、慣れる気がしません」
 景もまた悲しき表情で、女性と同じくブルーシートを眺める。
「慣れなくていいのさ。慣れてしまったら、『死』を軽く見てしまうことと同じじゃないか」
「そう、ですね……、水津地警部」
 ――そう、この子も気持ちは間違ってはいない。
 何処か、母親のような気持ちで景に接する女性―――、水津地翔子(みづちしょうこ)は少女の死を悲しむ景の背中を叩き、自分より上にある顔を上げさせる。
「この子の為にも。この子の親御さんの為にも、私たちは必ず犯人を捕まえなきゃいけないんだ」
「――はい」
 その、『正義』の心を忘れるな。
 もう一度、広いけれども若い、大人だけどまだ子どもである背中を叩き、悪を許さない心を奮い立たせる。
 それが、年長者ができること。大人ができること。
  「ところで、華花菜は?」
 部下の背筋を直した警部はその位置で顔を振りながら視線を動かし、「華花菜」という人物を探し始める。
 その言葉に景は「あぁ、あいつなら……」と林を囲む黄色いテープから抜けた道路へと視線を向けた。
「景~。先輩と後輩は常に一緒にいるものじゃないか」
「いやぁ、あいつがあそこにいることに拘ってたので、なんかあるのかと……」
 そういいながら、視線を逸らす景に「情けない」と短く警部は溜息をこぼす。
「惚れてるからって、公私はちゃんと分けないと駄目じゃないか」
「ほほほほ惚れてるって、まままま毎回、何いってるんでしゅか!!!」
「その慌てようと噛みようで誰も気づかないと思っているのかい?君たちの関係はもはや捜査一課の酒の肴になっているよ」
「えぇ!?」
 気付いていなかったようで。顔を真っ赤にしてテンパり始める景。そんな面白い部下をその場に放置し、警部は歩き出した。
 向かう先は、先ほど自分が口にした名の人物のところ。
 黄色いテープを潜り抜け、道路へと出る。すると、先ほどまで木々が遮っていた日の光が自分へと降り注ぐ。
 暑い、と愚痴が心の中で零れる。刺すような太陽の日差しから逃れるように手をかざす。大した効果は無いが、薄暗い世界から抜けてきたばかりの目には正直この光はきつい。
 早く慣れてくれ。そう思いながらゆっくりと光の世界の中で顔を上げると、お目当ての人物が目の前に立っていた。
 きっちりと着こなしたレディーススーツ。当然、下はパンツスーツで靴はすぐに走り出しても影響のないものだ。
 背筋を伸ばし、凛として立つ女性の姿。見た目は十分に若い。だが、彼女の立ち姿はそれに反して、仕事の出来る女と見る者に感じさせるであろう。
 強き、華のような彼女の名は、飛田華花菜(ひだかかな)。
 新米刑事でありながら捜査一課の誰もが認め、『切れ者』と呼ばれる程に優秀な推理力を持つ人物である。
「華花菜ぁ~」
 だが、しかし。誰もが認める優秀者でも新米は新米だ。
 名前を呼ばれ、振り返った華花菜は警部を見つけると「しまった」という顔で言い訳もすることなくその場で頭を下げた。
「申し訳ありません」
「なんで謝らなければいけないか、分かっているかい?」
「新米でありながら自分勝手な行動をしてしまいました」
「宜しい。全く、景が甘いからって君は新米で後輩なんだ。先輩と一緒に行動するように」
 その景が頼りない時もあるが。そこらへんは、臨機応変に、と下げ続ける華花菜の頭を軽く叩いて説教を終了させる。
 ―――まぁ、私もこの子には甘いんだけどね。
 何の運命か。叩かれたところに手を当てている華花菜と、彼女の片割れである兄。この二人に警部と、警部の父は大きな関わりを持っていた。
 それは、華花菜に『警察』という将来を選択させるほどの大きな関わりを、だ。
『華花菜をよろしくお願いします』
 彼女の片割れ。華花菜をそのまま男性にした顔。その顔で、先程の華花菜と同じく自分へと頭を下げた彼を警部は思い出す。
「警部?」
「あっ?」
 いつの間にか自分の世界に入り込んでいたらしく。華花菜の呼ぶ声で意識を目の前へと戻した。
 しかし、一瞬だけ。一瞬だけ思い出していた『彼の顔』と華花菜の顔が重なる。
「はっはっは。やっぱり似ているね」
「はい?」
「いや、こっちの話さ」
「警部」
 そこへ先ほど放置していた景が二人の元に駆け寄ってきた。
「何だい?」
「凶器らしきものが発見されました」
 その言葉に警部だけではなく、華花菜も素早く反応した。
 凶器。この事件を紐解く大切なパーツの一つ。
「すぐに見せてください」
 口調が変わる。
 彼女は『水津地翔子』ではなく、『水津地警部』へと変わった―――。


 警部と景が再び林の中へと消えていく中。華花菜は少しだけ、その場に立っていた。
 ……いや。ただ立っているだけではない。その視線は事件現場の林を向いていない。
 彼女の目を辿った先には、街が一つ。それは日本の首都には到底及ばないが、ビルが建ち並ぶ大きな街が少し先に広がっていた。
 そんな多くの人によって賑わう、多くのものたちが鼓動の音を鳴らして生きる街を見つめ、華花菜はすれ違っても聞き取れない声で呟いた。

「〝街の外〟……。偶然よね?」



 華花菜が呟いた時――――、

 それは、グーテンタークの休憩時間と同時刻だった――――…………








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