神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれsecond【01】




 九年前―――――――

 誰もが怯え、誰もが最低最悪と称した時間の始まり―――――


 『大量無差別殺人事件』。
 突如と現れた『恐怖』は、世界に『安全な国』『平和の国』と評価される日本という島国を襲った。
 朝も夜も光も闇も。時間も環境も関係ない。刃物、銃、紐、腕力、毒、電気と数々の可能な殺人方法で。
 証拠を一切残さずに、綺麗で素早く、存在を目撃されることもなく、人々に『死』を与え続けた事件。
 誰もが知る有名人から何処にでもいる幼い子どもまで。様々な、色々な、沢山の、多くの……『人の命』を奪っていった。
 奪っていったのは『命』だけ……否、『命』だけではない。
 奪われた『命』から繋がる希望、未来、願い、想い……全てのものを壊し、潰し、二度と無いものと化していった。
 北の先から南の先まで。東の果てから西の果てまで。日本であれば何処でも起きたという恐ろしくも奇妙な殺人事件。
 それ故に、人々は『死』の恐怖を身近に感じていた。いつ、何処で、誰が、次のターゲットになるかわからない。
 次は、自分ではないだろうか。訪れてほしくない可能性を、考えてしまう。絶望を考えてしまう。
 そして、人々は眠ることさえもままならない時間を過ごしていくこととなった。
 時は約四年間。……それは、人々に肉体的、精神的苦痛を当てるのと同時に日本を混乱に陥れるのには十分な時間でもある。
 後に、『眠れない四年間』と名付けることとなる悲しき時間は、『国内犯罪率の急激上昇』という真実と共に歴史に残される。
 人々は、〝感化〟されたのだ。日本を包み込んだ『恐怖』に――――。
 憧れを抱き、自らを事件の首謀者だと名乗り出す者。事件に紛れ、欲望のまま強盗や性犯罪、放火などを行う者。表から裏の世界へと引き摺り込む者。踏み込んでしまった者。
 街中では殴り合い。蹴り合い。刺し合い。他人同士喧嘩を初め。抗争を初め。殺し合い初め。
 次々と、人は踏み外してはいけない世界へと簡単に落ちていった……。

 石を一つ落とし、静かな水面に波紋を作り上げる。決して、最初の状態に戻らないように。続けていくつもの石を落とし続けていく。
 同じ場所だけではなく、違う場所にも。波紋を作り、干渉を起こし続けるために。
 石は『殺人』。波は『恐怖』。干渉は『感化』。

 では―――――、
 その石を〝落とし続けている『存在』は〟―――――?


『おにいちゃんはだぁれ?』


 一人の少年がいた。
 ……いや、違う。語弊がある。確かに、〝『少年』の形はしている〟……だが、〝それだけだ〟。
 息はしている。心臓も動いている。……だが、〝それだけ〟だ。〝それだけしか感じない〟。
 嘘だと思うだろう。戯言だと思うだろう。しかし、事実で真実。誠の語り。
 『それ』はまるで、『人間』ではない、『人』の『形』をした異形の存在―――……。

 『人形』―――……。

〝人間のように見えるだけ〟。
 手も足も目も口も鼻も耳も髪も胸も。すべては〝そのようにみえるだけ〟。
 『人形』が起こす行動も全て。見えない紐で吊るされ、動かされ、〝自ら動いているように見えるだけ〟。
 『息はしている』『心臓も動いている』は〝人間の真似〟。
 吊るす先にいる『人形師(パペッター)』に〝操られるだけ〟。

 『それ』は『人形』。
 『操り人形(マリオネット)』―――――。

 『人形』に『自我』は無い。『感情』も無い。
 もし、世間一般に広まり愛される人形たちに意思が存在すると信じられているのなら、この『人形』は彼ら以下となる。
 彼らの持つ『美しきもの』を、この『人形』は持っていない。
 空っぽなまま。何もないまま。ただ、その身に繋がる紐一本一本を支配する『人形師(パペッター)』に動かされている―――……。


 茜色の空が広がる世界。それは黄昏時。行きかう人々の顔が見分けにくい時刻。
 何処かで。子どもたちへと、「もう、お帰りなさい」と告げる鐘が鳴り響いている。
 だが、とある小さい、本当に小さく幼い少女は鐘が伝えるメッセージを無視し、その同じく小さな足を立ち止まらせていた。
 沈みゆく太陽によって影が住宅街の道に伸びている。その影は、幼き少女のものと……。
『おにいちゃん、おめめみえてるー?』
 帰らないといけない時間なのに。「ただいま」と言わないといけない時間なのに。
 真ん丸な目を目の前にいる『おにいちゃん』に向けて首を傾げ、左右の、こめかみのところで縛られている髪が揺らす。
 『おにいちゃん』は返答しなかった。そんな行動にも不思議を感じたのか、幼き少女は不思議を解決しようと『おにいちゃん』に次々と質問を投げかけていく。
『きこえてるー?』
『おしゃべりできないのー?』
『うごかないのー?』
『おきてるのー?』
『わらわないのー?』
 話し続ける幼き少女と対照的に、『おにいちゃん』は固く口を閉じ続ける。じっ、と幼き少女をその目で見続けていた。
 そう……、固く〝口のようにみえるものを閉じ続けさせられ〟、その〝目のようにみえるもので見続けさせられていた〟。
「つまんないのー」
 何を問いかけても答えない『おにいちゃん』へ不満げな顔を見せる幼き少女。それでも自分を見続ける『おにいちゃん』へ不思議さを感じても『不気味』さを感じているようには見えなかった。
 不満げでありながらも、その目から『好奇心』は消えてはいない。
 それは、子どもの純粋さゆえか。『不気味』という感情を『不思議』と勘違いしてしまっているからか。
 小さな頬を膨らませながら、小さな幼き少女はまるで博士になったかのように、感じる『不思議』を解決していこうと小さな頭を働かせる。
 ……もし、この時。この幼き少女がいまよりも幼かったら―――。
『……あ!?』
 突然。前振りもなく。『おにいちゃん』が〝動き出した〟。
 何を言っても全く動く気配を見せなかった『おにいちゃん』が反応を見せたことで、幼き少女は膨らませていた不満げの顔を一瞬に笑顔に変えた。
 動き出した身体。『おにいちゃん』はゆっくりと身体を〝動かされ〟、目の前にいる少女の目線に合わせるようにその場にしゃがみ、膝を〝つかされる〟。
 やっと動き出し、しかも自分と目線が合う位置に『おにいちゃん』がしゃがんだことで、益々幼き少女の機嫌は良くなっていった。
 いまなら、先ほどの質問に答えてくれるのではないか、と。未だに固く〝閉じさせられている口のようなもの〟が開くことを期待し始める。
 ……もし、この時。この幼き少女が『不気味』を深く勘違いし続けていたら―――。
『わぁ!!』
 驚きは続く。しゃがみ、膝を〝つかされて〟から暫く経った後、『おにいちゃん』は再び〝動かされる〟。
 ゆっくりと、その〝右手のようにみえるもの〟が持ちあがり、行き先は幼き少女の方へ。
 次に何を起こすかわからない『おにいちゃん』に冒険心が疼く。
 握手。それとも、頭を撫ぜてくれるのだろうか。幼き少女の考え付く可能性はこの二つに絞られる。
〝右手のようにみえるもの〟は握手するための位置へと移動はしなかった。しかし、だからといって頭を撫でるための位置にも移動はしていない。
 目指すは……約、その中間の位置。
 幼き少女は気付いていない。ただ、早く『おにいちゃん』がどんな行動に移るかを期待するばかり。好奇心に輝く真ん丸な眼を瞬きしながら、ただ、『おにいちゃん』を見つめる。
 『おにいちゃん』の〝右手のようにみえるもの〟がゆっくりと自分に近づいてくるのを見つめるだけ。
 純粋無垢な気持ちで、見続けるだけ――――……。

 そして―――……

『え?』

 ……もし、この時。幼き少女が―――――、


『〝やめて〟』
 

 突然現れた――――

〝第三者〟の手によって―――――

 『おにいちゃん』の〝右手のようにみえるものを捕まえていなかったら〟――――

《―――せ……》

 『おにいちゃん』の〝脳のようにみえるもの〟に―――――、

〝インプットされた〟―――――、

《―――ろせ……》

 命令によって―――……


《〝殺せ〟》
《〝幼き少女を一人殺せ〟―――――》


《〝締め殺せ――――!!!〟》


〝その小さな首を絞められ、殺されていただろう―――…………〟。




 誰が想像できたか。この、隠された『本当』を。過ぎ去った『現実』を。
 石を落とし続け、水面という世界へ波紋を作り上げ続けた『存在』が、〝人間ではなかったということ〟を。
 『少年』に見えるような『人』の『形』をした『存在』が、恐怖で日本を包み込み『眠れない四年間』を作り上げたということを。
 一体、誰が想像できたのであろうか。

 一体、誰が――――、


『〝お願い〟』


 世界を破壊し続ける―――――、

 『人形』の動きを―――――、

〝止めたのが〟―――――、


『〝やめて〟』


 本当に細い、たった一人の―――――、

 〝少女〟の手だったということを――――――……、

 想像できたのであろうか―――――…………。








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