神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれsecond【07】



 仁樹は目を閉じて手を合わせていた。
 正面には誰もが立派だと思う仏壇が置かれている。場所は博士の部屋の向かいにある畳の部屋で仏壇の上には優しくほほ笑んだ人物―――、博士の妻であり灯真の母親にあたる女性の写真が飾られていた。
 生前。弱っていく身体でありながらも『母親』として最後まで灯真を守り、我が子に、夫に、そして仁樹に。『家族』という大切なものを教えてくれた偉大な存在。彼女の想いは今でも彼らの心に残り続けている。
「俺の弟は……あんたの息子は立派に育っていますよ」
 目を開け、彼女の写真に語り掛ける仁樹。
「これ、先にお母さんにあげてもいい?」
 先ほどスーパーで買ったお菓子の一つをあげた時、灯真は真っ先に母親にあげてもいいか尋ねてきた。「勿論、いいぞ」と答えると灯真は嬉しそうにお礼を言って直ぐにお菓子を仏壇―――母の元へと持っていったのだ。
 亡くなって数年が経つ。けれども、灯真は母を想う心は失うことなく大切に持ち続けている。

「朋音。食材袋から出してくれてありがとうな」
「いえいえ~」
 灯真の母親に線香を上げて挨拶をし終えた仁樹は居間へ向かうとキッチンにて本日の食材を袋から取り出して並べている朋音の姿があった。
 居間はキッチンと繋がっている。朋音にお礼を述べ部屋を見渡すと海琉は棚からホットプレートを取り出している最中で、多分ここにはいない博士は納戸に延長コードでも取りに行ったのであろう。灯真の姿も見えないが、先に髪を乾かしてくるようにと言ったので洗面台にいるのかもしれない。
 さて、自分も仕事にとりかかるか、とキッチンにて必要な道具を出そうとした時、隣で食材を入れていた袋を綺麗に畳んでいた朋音が「あっ!」と思い出した声をあげ、手を止めて海琉の方へと振り向いた。
「そういえば、海琉君。昼間のことなんだけど……」
「あー。そういえば!」
 続いて仁樹も思い出した声を上げる。
 本日の昼間。街中で歩いていた学校帰りの灯真とその謎を解明するために尾行していた海琉。結局あれは何だったのか。仁樹もまた動かしていた手を止め、海琉の方へと視線を向けた。
「あぁ、それね。ヒントは灯真君の格好だよ」
「もったいぶらずに答え言ってくれよ」
「それじゃぁ面白くないじゃないか~」
 中々答えを言ってくれないエンターテイメント溢れる親友に若干呆れながらも仁樹は与えられた問題を推理するために頭を動かした。
 ――灯真の格好ねェ……。
 格好はゆったりとした風通しのいいもの夏のパジャマ。だが、それ自体が街中にいた答えに繋がるとは思えなかったため考えから真っ先に外した。
 次に、状態について考えてみる。玄関で見た時に弟の髪は濡れていた。理由は丁度風呂上りであったこと、風呂に入る原因となったのは猫を抱き上げて遊んできたから。風呂に入らなければ猫アレルギーである博士は大変な目に合ってしまう。
「……ん?」
 そこで一つ、疑問が生まれた。実際に話していると、「アレルギ」ーが話の中心になってしまうためにあまり気にする点ではなかったが、『推理』となると明確にしなくてはならない点。そのことに朋音もまた気付いたようで、海琉に問いかけた。
「灯真君と遊んだ猫は飼い猫? それとも野良猫?」
 そう、明確になっていないのは猫の存在だ。猫と遊んだと言えば、聞いた人々はどういう猫かを聞かない限り勝手に飼い猫か野良猫を想像して遊んでいる光景を思い浮かべるであろう。仁樹も気になった朋音の質問に海琉は少しばかり眉を潜め、顎に指を添えながら考える素振りを見せた。
「ん~……野良猫であり飼い猫だったって言った方が正しいかも」
「〝だった〟……?」
「……つまり、『捨て猫』ってことか」
 飼い猫が過去。野良猫が現在で表現されているのなら答えは一つしか存在しない。
 捨て猫――飼い切れなくなった、もしくは飽きてしまったなど人間の勝手な都合により家を追い出された猫たちの総称。幸運の者は再び拾われるが、不幸な者は殺処分されるといった生死すらも人間に決められる生き物たち。
「可愛そう……」
 捨て猫だと聞いて、朋音は見たことも無い猫を想いながら悲しげに目を伏せた。仁樹はそんな彼女の想いを理解するようにそっと頭を撫でながら今度は自分が海琉に問いかけた。
「いくつぐらいだった?」
「猫は詳しくないから良く分からなかったけど、多分二、三か月かな。餌が柔らかめのフードだったし」
「そうか……」
 ――つまり、子猫か……。
 仁樹は海琉の答えを聞いた後、今度は撫でていないもう片方の手でポケットからスマートフォンを取り出して何かを調べ始めた。きっと推理に必要な情報を探しているのだろう。二人は黙って仁樹の行動を見ていると、暫くしてお目当ての情報を見つけたのか動きが止まり、仁樹は画面から顔を上げた。
「答えはつまりこうだ。灯真は今日の学校帰りに捨て猫を拾った。多分友達とだな」
「今日拾ったの?」
「そうじゃなきゃ、博士が先に気づいてるだろう。毎日が鼻水とくしゃみのオンパレードになっちまうんだからよ」
 そして、何故『友達と拾った』と推理したかというと、理由は季節と灯真が街中にいた時間帯からだ。
 灯真の性格上、今日のような雲も少ない夏の太陽の下に子猫を置いてけぼりにして街に行くようなことはしないであろう。しかし、灯真の通学路には暑さを防げるような場所はおそらく見つからない。では、一旦涼しい場所を探してから街に出たのでは?と考えてはみるが、それでは時間がかかってしまう。
 そこで、だ。いつも灯真と登下校を共にしている友人、「たーくん」と「ゆーちゃん」と呼ばれる二人に子猫を涼しい場所へと移動させるよう頼んだと考えれば街中で目撃した時間帯と辻褄が合うことになる。
「じゃぁ、なんで街に灯真君は行ったんだい?」
「餌を買いに。理由はこれだ」
 答えを知っていながらも問うって来る海琉に、仁樹は先程まで動かしていたスマートフォンの画面を向けた。画面にはポップな文字と一緒に可愛らしい犬や猫の画像が表示されていて、一目でペットショップのホームページだと分かる。
「ここは通学路にあるこの辺りで唯一灯真の知っているペットショップなんだが、珍しくもこの店は年中無休ではなく定休日制だ」
 そして、運が悪いことに本日がその定休日であった為、灯真は仕方が無く街のペットショップに餌を買いに向かわなくてはならない状態になっていしまった。わざわざ街まで行かなくても仁樹たちが寄ってきたスーパー等で買うことも出来たのだが、そこはやはり仁樹の弟といったところだろうか。相手が子猫ということもあって、インターネットなどの知識ではなく専門家に相談して餌を決めたかったと考えるのが妥当である。
「それに。灯真君、多分この二件しかペットショップ知らないと思うよ」
「え、そうなのかい?」
「博士のアレルギーと俺の体質のせいでペットショップとかあんまりいかねェんだよ」
「あー……」
 仁樹の体質―――、その一つとして、彼は人間以外である動物から好かれることが無いに等しい。人懐っこい犬であろうが人を子馬鹿にする烏であろうが彼に近づくことも無ければ、彼が近づこうとすると何処かに逃げてしまう。昼間に思い出した金魚すくいの話も実は海琉と勝負ごとになった種目の一つだったのだが、この体質により惨敗といった結果を残している。
「一緒に山とかいったら安心だよね」
「兄妹揃って同じこと言うな、お前等」
 ちなみに、この体質には虫も含まれるため仁樹は蚊に刺されることが無い。違う方向から見れば羨ましい体質である。
「あとは勘だが、その子猫を移動させた場所は神社じゃないかと思うんだが……」
「大せーかい!流石だね!」
 涼しい場所と灯真の行動範囲から導き出した答えに海琉は両手を叩きながらお決まりのテンションで正解だと告げた。
「その神社って、普段神主さんがいないあそこの?」
「そうそう。此処から少し歩いた長い階段のある神社ね」
「まァ問題には答えられたが、別の問題が出来たわけだな」
 ――その捨て猫をどうするかって問題を、な……。
 知ってしまった以上放っておくことは出来ない訳だが、現実的に引き取り手を見つけることは簡単ではない。まず見つけた灯真は前述のとおり不可能であり、このように世話をし始めたことから友人たちの家で飼うことも無理であったと考えられる。では兄である仁樹はどうかと考えるが、残念なことに仁樹と朋音が住むアパートはペット禁制である。
「俺の家はもう犬が二匹いるからなぁ」
「私の実家も小鳥を沢山飼ってるし……」
「どっちも猫いたら危ェよな」
 結局、身内では飼えないと為、各々職場や知り合いで誰か飼えそうな人がいないか聞いてくることとなった。しかし、その前に当事者である灯真に話を付けなくては何も始まらない。さて、どのように話を切り出そうかと考えていると階段の方から子どもの降りてくる音が聞えてきた。どうやら、髪を乾かした後に二階へと上がっていたらしい。居間の扉が開き、灯真はその背中に何かを隠しながらワクワクした顔でこちらへ近づいてくる。
「おねえちゃん、プレゼント!」
 どうやら先ほど朋音が落ち込んでいる際に言っていたプレゼントを二階へと取りに行っていたようだ。自分に合わせてしゃがんでくれた朋音に「じゃーん!」と隠していた物を差し出す灯真。持っていたものは手に収まるサイズの小さなカプセルで透明な部分から中身が伺える。そして、その中身が見えたのであろう朋音はまるで子どものように目を輝かせて歓喜の声を上げた。
「わぁぁ! バケケだー!」
 中身の正体はいま大人気キャラクター、バケケ。球体に近い形をした白いお化けで右頬にハートが付いている可愛らしいキャラクターだ。ほかにも頬のマークは星や月だったりと色々あるらしい。実際の大きさはサッカーボール並だが、カプセルの中にあるということでサイズも愛らしい。そして、反応から分かるように朋音はバケケが大好きであり、喜びを隠せなかったのである。
「ガチャガチャで当てたんだよ。お姉ちゃんハートバケケ大好きだからあげるね!」
「ありがとう、灯真君!大切にするね!」
 本当に嬉しかったのであろう。自分と同い年であるはずなのに、宝を見つけた子どものようにカプセルを開ける彼女の姿は何とも微笑ましいものであった。中身を取り出し、直接手に触れながら再度そのバケケの可愛らしさを確認する彼女。どうやらストラップの様で、指で掴みながら喜びの笑みを浮かべる。あげた灯真も朋音の反応がとても嬉しかったようで、握った手を振りながら「つけてつけて!」と促していた。
「携帯に付けていいかな?」
「うん!つけてー!」
 大きく頷いた灯真の反応を見てから、朋音は食卓テーブルに置いてあった自分のアイフォンを手に取った。改めて見てみると淡い桃色のケースにローズゴールドのアイフォンで、ケースから飛び出ているストラップは小さく可愛らしい花びらやハートをモチーフにしたものと実に彼女らしい携帯だって言えよう。
「あっ!」
 ……だが、一つだけ。たった一つだけ、〝その雰囲気からかけ離れたものが紛れていた。〟
 誰もが雰囲気からかけ離れているが故に一番目を引く存在。それに灯真は指を差しながら何かに気づいたようにストラップを付けようとしている朋音に尋ねた。
「お姉ちゃん、〝お守り〟のひもかえたの?」
 指差したものは『お守り』―――と称された『木』、だ。他のものようにプラスチック製ではない本物の、太い木の枝の切り口からできたものが彼女のアイフォンに付けられているのだ。
 見た目からして手作りであろうそれは楕円形に綺麗に切り取られ、上からニスがムラなく塗られている。そして、片面には何か書かれているように見えた。
「そうだよ~。この前、切れそうになってたところを仁樹君が気付いて付け替えてくれたの」
 子どもの小さな疑問にも丁寧に朋音は答え、ストラップを付け終えたアイフォンを灯真と自分との間に持ち上げてその束を垂らした。木の存在感は強く、いくら可愛いものを足したとしてもは消えたりはしない。だが、この存在は朋音にとって『お守り』である。故にどれだけ雰囲気からかけ離れていたとしても取り外すことは無いのであろう。
 そんな束の中、新しく仲間となったバケケは朋音の方を向いてその可愛らしいイタヅラ顔を見せている。
「本当にありがとう、灯真君」
 もう片方の手で灯真の頭を彼女は慈愛に満ちた、母性ともいえる笑顔を浮かべながら優しく撫でる。灯真もそれに答えるように、無邪気な声で返事をしながら笑った。

「さて! では、私たちも準備のお手伝いしようか!」
「おてつだいする~! お兄ちゃん何かおてつだいすることないですか~?」
「おーいい返事だな。じゃァ皿とか用意してくれ」
「りょうかい!」
 朋音と灯真が和気あいあいとしている間、仁樹と海琉は買ってきた材料を切って夕食の準備をしていたらしい。手がかゆくなると有名な山芋をいとも簡単に摩り下ろしていく料理人仁樹に灯真は軍人のように敬礼をした後、朋音と共に食器棚へ向かっていった。
「で、仁樹お兄さん。いつ灯真君に猫の件を話すんだい?」
 そんな可愛らしい二人の後ろ姿を見ながら、仁樹にしか聞えない声の大きさで海琉は尋ねる。
「このタイミングで話したらさっきまでの空気ぶち壊しだからなァ……。飯食って落ち着いた後に話そうと思う」
「了解。まぁ、ちょっと無理だと思うけど」
「はァ?なんで?」

 その後。海琉の予想的中。
「ねねねねねねこ!? し、しらないよ!あそんだだけだもん!あ、ぼくかみの毛かわかしてこないと!!」
「いやさっき乾かしてきただろう」
 夕食後に落ち着いた時を見計らって今日の出来事と子猫の今後について話そうと話題を持ちかけた瞬間、凄い勢いで灯真はどもり始めた。目もあっちこっちに動かし合わそうとしないし、話す内容も明らかに頑張ってこの場から逃げようとしているのが分かる。
 そんな様子を仁樹の後ろから胸の前で両手を握って心配そうに見つめる朋音。と、必死に口を抑えて腹を抱える海琉。
「そ、そうだね! あ、学校行くしたくしないと! ぱぱってやってきちゃうね!」
「お、おい!」
 丸見えな焦る気持ちを少しも抑えないまま、灯真は仁樹の返事を無視して脱兎の如く居間から飛び出していった。それも近年稀に見る素早さで、だ。階段の方から二階へと慌ただしく上がっていく音を聞きながら、弟の動きに仁樹は素直に驚いていた。
 しかし、結局は話題の持ち掛けは失敗。行くあてのない手を宙に浮かせながら仁樹は茫然とその場で呟いた。
「逃げられた……」
 その瞬間。海琉が後ろで堪え切れなく爆笑し始めたのは言うまでもない。







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