神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれthird【03】



 深夜の住宅街は街中と比べたらやはり静かだ、と仁樹は街頭に照らされた帰路を歩いていた。
 ここは都会でありながらも自然を忘れない土地である。夜空で光り輝く月と星々を眺めながら、今の時期に確認できる星座を考えながら歩みを進めていた。
「はくちょう座、わし座、こと座で夏の大三角形……。今年も〝あっち〟で天体観測するから虫よけスプレーの確認しとかねェとな」
 夏の大三角形を見るのに一番のおすすめな時期は八月。夏休みやお盆などで田舎に親と共に帰省をする子どもたちは夜空を指でなぞりながら見つけ出すことができるであろう。
 かく言う仁樹の『あっち』も田舎のことを示していて、時期も八月である。年に一度だけ仁樹は『その田舎』へと朋音と灯真と博士の四人で向かう。他者からしてはこれを「里帰り」だと思うだろうが、仁樹は「里帰り」だとは思っていない。そもそも、『その田舎』のことを仁樹は「故郷」だと思ってはいない。
 そこに『〝会いたい人たち〟』がいる。ただ、それだけなのだ―――。
 また、『そこの田舎』の者たちも仁樹たちが来ることを望んではいない。『その田舎』で一番偉い者は仁樹たちを受け入れているのだが、その他の者たちは仁樹たちが来ると途端に家から出なくなる。もし出会ったとしても全員目線を逸らし、決して合わせることはしない。
 嫌われているわけではない。彼らは目を合わせることが辛い……というよりは、〝申し訳ないのだ〟。
 仁樹自身も彼らとの交流は避けたいため、毎年『会いたい人たち』に会った後は『その田舎』から離れた場所にある民宿に泊まり、近くの丘を登って天体観測を行っている。
 そして、今年もその夏がやってくる。
 ――……今年も、会いにいくよ。
 目元と口元が優し気に緩む。今年は何を作って持っていこうか。年に一度しか会いに行けないからこそ、より腕を掛けたものを、自分の「自信」となる料理を持って行って喜ばしてあげたい。帰宅したらきっと朋音はまだ起きている筈だと思い、彼女と相談しながら決めようと上機嫌に鼻歌を交じりで仁樹は歩き出す。
 ……が、
「ちっくしょうがぁぁぁあああ!!!」
「……!? おっと!?」
 突如怒号に仁樹は振り返った。そして、突然速さのある空き缶が視界に映り、無条件反射かつ間一髪で顔面に当たる前に仁樹は片手で掴み取った。
 中身はまだ入っているらしい。しかも酒臭い。突然の出来事に驚きながらも空き缶の重さと匂いで判断し、投げてきた方向に視線を向ける。
 視線の先には住宅街にある公園内でこの時間帯で歩いていたら駄目であろう集団がいた。
「なんなんだ、あいつはよぉぉおお!!!」
 服装が制服。つまりは高校生、下手したら中学生も含まれるであろう少年たち。暗くても分かる染髪に、見ていて重そうに思えるアクセサリーの数々。加えて、深夜でありながら騒音に等しい声量で暴言を吐きまくる姿。所謂、不良集団である。
「クソがぁああああああ!!!!!」
 その中でも周りよりも一回り大きい、リーダー角と思わしき金髪の青年が遊具に座り、先程と同様な大声で叫び粗ぶっていた。足元には大量な酒の空き缶が散らかっていて、それを見た仁樹はつい先月に見た居酒屋のジョッキの数々を思い出して眉間に皺を寄せた。
 ――折角、酒が飲めるまでに記憶が薄まったのに……
 しかし、リーダー格らしき人物を見ているとどうやら自分に空き缶を投げつけてきたのは彼のようだ。狙いは定まっていないが、飲んだ空き缶を力任せにあちらこちらに投げている。
「俺が『負け』なんてありえね!!!」
「そうだよ!ゼッタイそうだ!!」
「俺らのリーダーが負けるわけねエもん!!」
「アイツなんか卑怯な手使ったんに違いねぇよ!!」
「なんか、クスリ?とか部屋に充満させてよ!!それで、自分には効かねぇの!!」
「はぁ!!?マジで卑怯過ぎねぇアイツ!!!」
「ふざけんなよ!!」
「マジありえないよアイツ!!」
「マジ死ねっつーの!!」
 ――……。
 何とも頭の悪い会話が聞こえてくる。聞いているこっちが頭が痛くなりそうだ、と。そもそも高校生の喧嘩如きに薬なんか使う訳ないだろうと不良集団の発言に仁樹は内心ツッコミを入れるが、そんな仁樹に不良集団が気付くことはない。酒を飲みながら公園の遊具を感情のままに好き勝手扱っていた。遊具を蹴りつける、バットを叩き付けることは勿論のこと。ナイフで公園内の遊具や木に刺しまくったり、花火を取り出して遊具の中に着火して放り投げたり、ラッカー缶を手に持って公共の場には相応しくない言葉を書き込んだりなど見事な暴れっぷりを見せている。
「腹立つわー!!」
「ぶっ壊れねかなコレ!!」
「やっべ、カッターの歯欠けた!」
「コゲくせー!!」
「スプレーちょーかかったじゃん!!」
 ――シメるか。
 ここの公園はよく使う。朋音と散歩すれば必ず寄り、また彼女自身が灯真をはじめとする子どもたちと此処でたまに遊んでいる。勿論朋音だけではない。灯真も海琉も華花菜も博士も使えば、走り込みで休憩をする人の場でもあり子育てをする奥様方の会議場でもあり、子どもたちの姿を楽しそうに眺めるお年寄りの和みの場でもある。
 まさに公共の場。その意味も理解せずに好き勝手使われていては腹が立ってしょうがない。
「おい、お前ら」
「「「ぎゃははははは!!!」」」
「聞いちゃいねぇ……」
 声をかけても騒音に等しい声と好き勝手暴れる音で掻き消されてしまう。仕方が無く、仁樹は溜息をついてその集団へと足を勧める。暫く歩みを進めると、視界に入ったのかリーダー格らしき青年が仁樹に気づき、肩眉を上げる。
「誰だ、テメェ!!!??」
 多少はあるが、そこまで大きな声を出さなくても十分聞える距離である。だが、多分このリーダー格はそんなこと気付いていない。
「お前らなァ。此処は公共の場だぞ。何好き勝手して遊具や植物を滅茶苦茶にしてるんだ、綺麗に使え」
「そんなのどうでもいいんだよ!!テメェが誰だって聞いてんだよ!!?」
「うるせェ、時間帯考えろ。どうでもよくねェんだよ」
 明らかに人数と一人ひとりの見た目から危険度はかなり高いにも関わらず、「これ以上近づいたら耳痛ェかも」と場違いなことを思いながら不良集団に説教を始めた。
「あと人に名を訪ねる時は、自分から名乗るのが社会の礼儀だ」
「んなこと知るか!?」
 無論、自分の説教など聞く耳を持たないことは計算済み。説教だけでことが済んでいたら、まずこのような事態にはならなかったであろう。
 ――……親友よ。暴力で解決することも時には必要みたいだぞ。
 先程まで好き勝手暴れていた不良たちはリーダー格の異変に気付き、それぞれ獲物を持って仁樹を囲み始めた。
「七人か――……」
「兄ちゃ~ん。俺たち、いま凄く機嫌悪いのよ~」
「そうそう。切れすぎて頭の血管がパーになりそうなの」
「これはさぁストレス発散しないといけないわけ。だから俺らはこのこーきょーの場でストレス発散してるんだよ」
 バットにメリケンサックに鉄パイプにナイフ。まさに不良が使う武器のオンパレード。特にリーダー格の男のバットなんかは釘が多数打ち込まれていてすでに爽やかな野球道具ではなくなっている。相手が一人であること、自分たちが多数であることでニヤニヤと油断しまくっている顔を見せる不良たちに仁樹は溜息をつく。その態度が増々気に入らなかったのか、リーダー格の男はまた荒々しい声を上げた。
「てめぇ!!!何溜息ついてやがる!!!自分の状況がわかってんのか!!!!!」
「いや、お前本当にうるせェわ。あと公共の場っていうのはルールを守るからこそ使う権利があるんだぞ」
 正論な答え。だが、その『正しさ』がリーダー格の男の神経を増々逆なでさせる。
 さて、このままでは鞄が少しばかり邪魔だ、と。仁樹は肩掛けに手を掛けた……が、すぐに動きを止め、視線はリーダー格の男に向けたまま周りの少年たちの動きにも注意を向ける。不良集団でも統率が取れているためリーダーの男が許可を出すまで誰一人動く気配はない。だが、少しでもこちらが隙を見せると指示という名の怒号と共に一斉に襲い掛かってくるであろう。少年たちは下品な笑みを浮かべて「まだか?」と獲物を手に待ちわびている。故に、仁樹は鞄を置くのを止めた。
 しかし。それがリーダーの男の癇に障ったのか、仁樹の行動が『自分をナメていての行動』と受け取ったらしく、青筋を浮かばせて怒りを叫びながら釘バットで仁樹に狙い定めた。
「一気に片づけてやるよ!!!」
「出た!リーダーの決め台詞!」
「リーダーの名前通り、一気にやってくれ!!」
 ―――親もすげェ名前つけたなァ……。
『一気』と書いてそのまま『イッキ』と読むのだろうか。決して馬鹿にするつもりはないのだが、どんな思いを込めてつけたのか、直接本人に合って聞いてみたいものだ。

「だけどよォ……」
 これから始まる一対多数の『喧嘩』に対しての彼らの反応。相手をリンチにしてしまう可能性もあるというのに、彼らの楽し気な声からは「相手が死ぬかもしれない」という考えが一切含まれていない。自分たちが気持ちよく力一杯獲物を振り回し、一方的に相手を痛めつけ、優劣をつけて見下し、屈辱で浮かぶ相手の表情を馬鹿にして大笑いする。それが彼らの求める暴力の快楽。快楽に忠実故に『最悪の可能性』を考えない。考えることができない。
〝自分が人殺しになってしまう可能性〟を考えないまま、簡単に顔や頭など人の急所を狙って流血させる。
 人は脆いのに。『身体』も『精神(こころ)』も。些細なことで深く傷を負い、死んでしまうぐらい脆くて弱いのに。
「五年経ってんのに……〝まだ残っているんだなァ……〟」

「何独り言ほざいてやがる!!!!」
 その瞬間。リーダーの男は怒号を飛ばすと同時に、その名前の通り、溜め込んでいた力を『一気』に解き放った。地面を蹴って釘バットを力強く握り、仁樹と真っ直ぐに突進していく。少年たちもリーダーの男に続いて、獲物を構えて襲い掛かる。容赦はしない。相手の死を考えない。溜まっているストレスを快楽である暴力に変換させて発散する。サンドバックと化す男を再起不能にさせる。鼻の骨を折り、血を滲ませ、笑ってしまう程の酷く歪んだ表情にさせる。ただ、それだけだ。
「死ねぇぇええええええ!!!!」





 一時間後。

「てめェ等。全部綺麗にするまで帰らせねェからな」
 当然の様に無傷である仁樹が腕を組んで遊具の上に立っていた。
 そんな彼を一時間前にボコボコにしようと息巻いていた不良集団といえば―――、
「くそー……」
「一度ならず二度までも~」
「なんで俺らばっか……」
「あ゙ァ?」
「「「「「「ひぃいいいいいいいい!!!!」」」」」」
 見事に返り討ちに合ったらしい。いま彼らの手には人を殺してしまいそうな危険で物騒な物ではなく、箒や雑巾などいった掃除道具を持って自分たちが汚してしまった公園を涙ながら掃除をしている。それも、仁樹の監視の下。少しでも気を抜いたり不満を溢すと地を這うような低い声が彼らを襲う。
 ちなみに。彼らのリーダーだが何度も何度も仁樹に立ち向かい、かつ卑怯な手を数多に使った結果、完膚なきまでに叩きのめされて彼こそ再起不能となってしまった。いまは公園のベンチで白目をむいて伸びている。
 突然現れた黒髪金髪の青年に一対多数でありながらも全く歯が立たなくて打ちのめされたこの不良集団は、この日の出来事がトラウマとなったらしく今後二度とこの公園には足を踏み入れなくなってしまうのだが、トラウマの元凶である仁樹はそんなことを考えることも無く、
「また今日も朋音と過ごす時間が無くなった……」
と、肩を落として溜息を吐いていた。







神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれthird 終
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