神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれforth【03】



「ねぇ!とーまは夏休みどこにいくの?」
「はえ?」
 夏休みまであと数日。朝から燦々と降り注ぐ太陽であるが、小学生たちは今日も負けずに目の前の長期休みを楽しみにしながら元気よく登校をしていた。
 勿論、その集団の中にも灯真は含まれていて、小さな背中に黒いランドセルを背負って歩いている。  最近のランドセルは色が豊富だ。いま灯真に話し掛けた児童や共に登校しているたーくんもゆーちゃん、そして周りの児童たちも黒や赤といった昔ながらの色ではなく、一人ひとり自分が好む色のランドセルを背負っている。

 灯真はランドセルを買う際に、既に黒にすると決めていた。これに対して、博士と仁樹は元々自由に決めさせる予定だった為にどんな色を選ぼうとも反対をするつもりはなかった。だが、昔ながらの、良くて伝統というべきであろう黒をすんなりと選んだため、思わず仁樹は「黄色にしてもいいんだぞ?」と彼の好きな色を勧めた。それに対して、灯真は目を輝かせながらランドセルをガバッと開き、目を輝かせながら答えたのだ。
「くろのほうがカッコイイ!でね、これのなか、きいろなの!」
 確かによく見ると、鞄の中は黄色の人工皮革で作られていて「カッコイイ」と言うよりも「お洒落」という言葉がピッタリなデザインであった。それをグイグイと見せながら「カッコイイいろとぼくのすきないろがいっしょなんだよ!」と力説するものだから、二人は虚を突かれるも必死な姿に吹いてしまったことは無理はないだろう。
 その後、自宅のリビングで嬉しそうにランドセルを背負って博士や朋音に跳ねながら見せた灯真であるが、その際に二人へと内緒話としてそのランドセルを選んだ本当の理由を話していた。
「おにいちゃんのかみのいろみたいでカッコイイでしょ」
 ちなみに、本当に内緒話になっている為に仁樹は未だに自分が理由で選ばれたことを知らない。

「ぼくはね、お父さんのじっかにかえって、おかあさんにあって、そして星を見に行くんだよ!」
 たーくんとゆーちゃんと三人で並び、通学帽の下に掻く汗を拭いながら今後のミーの飼い主探しについてなんとか子どもの知恵と行動範囲で解決方法を考えていた時、後ろから挨拶の声を掛けられたのだ。元気で明るい、天然パーマでお団子頭の児童――もとい、少女に。灯真のクラスメイトで友達でもある少女が合流して一旦は三人だけの秘密であるミーの話は中止となったが、その代わりにそれぞれの夏休みの予定について盛り上がることとなった。
「星を見に行くの!ロマンチックね~」
「なんで、ロマンチックなんだよ。とーまは家ぞくと行くんだぞ」
 灯真の言葉に手を合わせて目を輝かせる少女に、たーくんは頭の後ろに手を組みながら怪訝そうに眉をひそめた。
「そんなのわかってるわよ。でも、とーま。そのりょこうには、ともねさんもさんかするのよね?」
「そうだよ」
 灯真はいつも家族に、朋音も含める。正式にはまだ籍を入れていないために家族ではないのだが、自身が〝あの家に来た時〟から彼女は常に仁樹の傍にいた。

 朋音とは仁樹程ではないが一緒に過ごし、事件に巻き込まれれば共に乗り越えてきた。彼女の美しい慈愛に満ちた微笑みと優しく抱きしめてくれる腕には、時に母性を感じさせ、早くに母親を失った自分を慰めてくれることもあった。しかし、それでも彼女は『自分の母親ではないこと』『母親になれないこと』を幼いながらも早くもはっきりと理解していた。
「ぼくのお母さんは、お母さんだけ」
 きっと……普通の幼子にはとても難しくて無理であろう認識を灯真はやってのけたのだ。しかし、その姿に仁樹は「大人びていると、賢い子だと言えばいいのか……、どうしてもわからない」と切なそうに溢したことがあるのも確かだ。
 けれども、母親にはなることのできない彼女を灯真は『自分の家族』だと思っている。『家族の愛』を持って接している。
 信じているのだ。
 いずれ、自分の大好きな家族である兄、仁樹と結婚して、自分の本当の『お姉ちゃん』になってくれることを。
 灯真は信じて疑わない。
 二人がお互いに持つ『揺ぎ無い愛』を信じて――、いずれ来る未来を、朋音を「お姉ちゃん」と呼んで待っているのだ。

「ひときさんとともねさんはこいびと。こいびとの二人が、二人っきりでいっしょに星空をながめるのよ。ロマンチックいがいなんていえばいいのよ」
「二人っきり?」
「『家ぞく』で行くんだから、とーまも、とーまのお父さんもいっしょに見るんだろ~」
 少女の言葉にたーくんとゆーちゃんは呆れながら目を細める。が、そんな二人にこそ少女は呆れたように溜息を吐いて、大げさに首を振った。
「わかってないわねー。二人だってずっととーまのそばにいるわけじゃないのよ。とーまととーまのお父さんがねむった後に二人ででかけているに決まってるじゃない」
「えー?みんなで星見たあとにまた星見るのかよー?」
「みんなと二人じゃ、ぜんぜんちがうのよ」
 少女の答えに納得のいかないたーくんに対して、少女は得意げに違いを語っていく。古今東西、例え小学校低学年といえでも女の子にとって『恋愛話』は興味の引かれるものであり、切っても剥がすことのできない者同士。ましてや、今回は恋に恋する乙女の話ではなく、純愛中の純愛である恋人同士についてであるから、もうそれはウキウキと楽しそうに話せてしまう。恋に憧れる少女にとって、仁樹と朋音はまさにその対象なのであろう。
「ほんとうにステキな二人よね~。いつか……」
 憧れの二人の姿に、未来の自分と『誰か』を映しながらそううっとりと呟いた少女はチラッと視線を動かして、その『誰か』へと向けた。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!そういうわけで!『こい』っていうのは―――……」
 向けた視線は灯真の眼とバッチリとぶつかった。不思議そうに首を傾げる灯真に少女は顔を赤くしながら首を振り、慌てて先ほどの話の続きを始める。だがしかし、悲しい事に。いや、自然の節理といえばいいのか。まだ恋に興味のない少年であるたーくんは、少女の話に飽きてきたらしく少女が夢中に話す内容を右から左に聞き流しながら大きな欠伸をしている。
「とーまくん。ほんとうにひときお兄ちゃんとーまくんねた後におでかけしてるの?」
 そんな二人を他所に、ゆーちゃんは少女の言っていることが真実なのか灯真に問いかけた。
「ん~、ぼくねてるからしらない。でも、朝おきたらお兄ちゃんもお姉ちゃんもちゃんととなりのへやにいるよ」
「そりゃぁ夜かえってくるからいるよね」
「じゃぁ、今日かえったらおとうさんにきいてみるよ。」
 もしかしたら、少女の言う通り二人は自分が寝た後に出かけているのかもしれない。しかし、もしそうだとしても狡いとかは思わないが二人が何をしているのかはとても気になることだ、と灯真は思った。
 ――もしおもしろいものがあったらおしえてほしいなぁ。

「おやおや!そこにいるのは元気な少年少女たちではないか!」
 ゴールの学校ももう少しというところで、四人は後ろから声を掛けられた。それも、朝から暑さに負けない元気な女性の声に灯真たちは振り向く。
「あ、給食のお姉さん!」
 四人の反応からして声の主は知り合いのようで、振り返るとそこには灯真の言葉の通り、『お姉さん』と呼ばれるに相応しい女性が立っていた。
 立っていたのだが……何故だか、現代でも男女ともに大人気有名アニメのセーラー服戦士の決めポーズとドヤ顔で立っていた。
「「「「おはようございまーす」」」」
「諸君、おはよう!だが、しかーし!ヘイボーイ、ヘイガール。このポーズに何のコメントも無いのかい?」
「いや~、また給食の姉ちゃんがヘンなポーズしてるなぁ~っては思ったよ」
「オーノー……ジェネレーションギャァァップ……」
「ぼくしってるよ。『イタイ』っていうんだよね」
「グッサー!!」
 たーくんとゆーちゃんの容赦無い言葉に、「給食のお姉さん」と呼ばれた女性はは派手に胸を掴んでしゃがみ込んだ。見た目はショートカットの何処にでもいそうなお姉さんだが、どうやらリアクションがオーバー過ぎる。
 灯真たちの通う学校では給食は給食室で作られていて、いま彼らの目の前にいる女性もその給食室の一員だ。一見、オーバーリアクションを信条とする可笑しなお姉さんだが子どもが大好きで通学路で会う子どもたちとは大の仲良しだと本人は語っている。実際にその通りで、隣を通り過ぎる児童たちから次々と「お姉さんおはよー」と元気な挨拶を貰っている。
「よし、みんなのおはようで元気が出た」
「給食の姉ちゃん、あいさつで元気出るんだな」
「挨拶は元気の源の一つだよ~。NHKの教育番組でも言っているじゃな~い」
 今度は、歌で宇宙の戦いに参加する歌姫の有名なポーズをとるが、残念ながら児童たちは世代ではない為に全然元ネタがわからない。彼女の痛々しい姿は通り過ぎる児童たちにも、「またお姉さんヘンなポーズしている」と認識されたことに彼女は気付いているのか不明である。
 しかし、ここで一つ救いがあった。
「あ、ぼくそれしってる~」
 なんと灯真が知っていた。
「マジで!!」
 あまりの嬉しさに灯真と視線が合わせ、距離が縮むようにしゃがみ込む。その彼女の態度に少女は不機嫌そうに眉間へ皺を寄せてこちらも灯真との距離を縮めた。
「うん、ずっと前にお兄ちゃんたちとカラオケに行ったときにお姉ちゃん歌ってたときにテレビにうつってた」
「へ~、朋音さん歌うんだぁ、あの歌ぁ」
「かいるお兄ちゃんも歌うよ」
「海琉さんはアニメ系統なら何でも歌えそうだよね~。あぁ~でも嬉しいなぁ~、みんながわからなそうに見てくる中、灯真君だけは分かってくれて~」
「ちょっと!!」
 灯真の丸い頭を撫でようと手を伸ばした彼女であったが、触れる前に少女が容赦ない手を叩いたために叶わず。容赦ないと言っても所詮子どもの力なので大して痛くないのだが、それでも彼女大袈裟に手を摩って苦笑いを溢した。
「アイタタタ~!も~、可愛いヤキモチ妬かないの~。お姉さんは確かに灯真君が好きでお気に入りだけど、『弟にしたい!』って感じなんだから~」
「べつにやいてないもん!!!」
 ムキになって大声で返す少女だが、流石に十数歳年上の彼女にとっては可愛い反応なのであろう。ちょっかいを掛ける様に少女の頬に一指し指を差そうとするが、少女は意地でも触れさせないと迫る指を叩き落としていく。
「はぁ~、私にも弟や妹がいればな~」
「給食のお姉さんって一人っ子なんですか?」
「ううん。お姉ちゃんがいるよ~。でも、仲が悪くてもう何年も会ってないんだ~」
 ちょっかいを掛けていた手を止めて、そのまま頬に当てて大きく肩を落としながら、同じく大きなため息を吐いた。
「分かり合えない姉妹って面倒だよね~。もー、灯真くーん、本当にお姉さんの弟になってよ!」
 そして今度は顔の前に手を合わせ、灯真へと懇願し始めた。朝の登校、小学生の通学路で一体何をやっているのかと傍から見れば呆れが出てくるほどの可笑しな光景だ。しかし、それでも、灯真は「う~ん」と唸りながら彼女の言葉を真剣に受け取って真面目に考える。そんな灯真の姿は周りの友人たちも呆れるほどで、たーくんは「まじめにかんがえるなよ~」と頭をガシガシ掻いた。
「とーまってホントまじめよね」
「それがいいところでもあるんだけどね」
「そうそう!お姉さんもそう思う!」
「そのお姉さんがとーまくんをまじめにこまらせているんですよ」
 十数歳年下の鋭くも的確なツッコミを貰った。だがしかし、彼女は全く気にすることなく、寧ろ気付いていないのかとでも思わせるように再び手を合わせて懇願し始める。
 そんな彼女に、灯真は口を開いた。
「ごめんなさい」
「ウッゥ!!!」
 真面目に考えて導き出した答えは、「お断り」。
 これは相当なダメージだったようで、いままでのと比べものにならない程の痛みを表現した声が彼女の口から零れた。
「ち、ちなみに理由は……」
「きもちはうれしいんだけど、ぼくにはもう『ほんとうのお姉ちゃん』になってほしい人がいるんで……」
 本当に申し訳なさそうに答える灯真に、「そんな……」と顔を手で覆いながら激しく落ち込むお姉さん。肩を落とし、泣き……マネの声を溢すその姿は好きな人へ告白して振られたという場面を想像させる。
 しかし、ここで冷たい周りの言葉がこの空気を見事に壊した。
「なぁ、これ何回目だ」
「かぞえるのとちゅうでやめちゃった」
「だって、まいにちじゃない」
 どうやら、給食のお姉さんは毎日灯真に振られているらしい。








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