神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれforth【04】



「俺たちの休みは一体いつやってくるのでしょうか?」
「目の前の事件が終わればやってくるさ」
 デスクには資料の山。連日座りっぱなしの景は遠い目をしながら、水津地警部に問いかけるも現実の言葉を返されて肩を大きく落とした。
 七月の暑さの中で上着を着てなどいられない。事件現場ではきっちりと着こなし、疲れを見せなかったが警察署内では別といったように袖をを捲ったワイシャツ姿で目の前の事件内容が掛かれた資料と聞き込みを纏めた手帳を眺めながら景は団扇を仰ぐ。世間では夏休みを楽しみにする子どもたちが多いが、大人は違う。ましては彼のような人の行動や心理状態によって事件が発生して振り回される職業に就く者にとっては、外で楽しそうに休みの計画を立てる子どもたちが羨ましすぎる。
 先月に街を恐怖の世界に落とそうとした連続犯罪者『死の遊び人(デスプレイヤー)』を逮捕し、その後片付けもつい最近無事終了させて「さぁ、休もうか」と言うときにまた新たな事件が発生したのだ。人の死が関わっている以上許さないことには変わらないが、体力自慢な彼でも疲れは出なくても少しは気分転換させてほしいと願ってしまう。
「しかし、気持ちはよく分かるよ。ただでさえ、今年に入ってから事件の件数は増えているからね」
「『眠れない四年間』では事件発生率も死亡者も一番低かった街だったんですけどねぇ」
 せめて舌だけでも気分転換を、と朝コンビニで買ってきた飲むヨーグルトをストローで吸い上げて自分たちが経験した『眠れない四年間』を思い出す。
「あの時はいつ何処で事件が起きるかわからなかったから署内ではみんなピリピリしていたね」
「俺は交番勤務していた時代だったので、目の前でいきなり高校生たちが乱闘し始めたのを必死に止めてました」
 突如現れて日本中を〝感化〟させた『恐怖』は、まだ身も心も幼かった子どもたちさえも巻き添えにしてしまった。この街では子ども同士の争い事に死人は出なかったが、それでも相手の死すら考えない行動を目のあたりにして顔を真っ青にしてしまったことを景は今でも覚えている。
「あの時はみんな、倫理観も道徳観も全部麻痺していましたから。あんな悲劇……もう二度と起きてはいけないし、見たくもありません」
「その通りだ……」
 彼の言葉に水津地警部は深く頷いた。

 他の警察官も……いや、この日本にいる人たちの多くが思っていることであろう。いつ自分が次のターゲットになるかわからない、いつ振り返った時にそこに血の海が広がっているかわからない悲劇……、いや『惨劇』と呼ぶべきか。赤で視界が染まる恐ろしい光景を二度と世に広めてはいけない。
 『眠れない四年間』は繰り返しては行けない歴史――
 故に、危険を経験してきた人々は危険に敏感になる。特に警察は『眠れない四年間』を〝絶対的な過去〟にするべく、以降日本全国で警備態勢が強化されることになり、同時に警察学校での教育内容も厳しいものへと変化させていった。
 全ては日本の平和を望む、『正義』を強くその身に刻むために。

「しかし。結局、〝『眠れない四年間』の主犯〟は誰だったのでしょうか?」
 吸い上げると音が出始めてしまったことから、どうやら飲みきってしまったらしい。空になった容器を端に寄せ、室内に置いてある冷蔵庫から今度は炭酸水を取り出してキャップに力を込めて回す。
 彼の言う通り、『眠れない四年間』の主犯者は現在でも未だに不明なのだ――――

 惨劇はある時期を境に徐々に減少していった。それについては当時警察が幅広い範囲で派手に事件を起こしていた大きな犯罪グループをいくつも摘発し、同時期に逮捕していったからだと世間には伝えられている。だが、しかし。どのグループも自分たちは大元ではないと主張していた。
 一見自分たちの罪を軽くしたいからの言い逃れかと思いきや、その逆だ。そのような事を口にした警察官に犯人たちは皆怒りに身を任せて立ち上がり、目の端を鋭く引き上げて怒鳴り声で否定したのだ。
「俺たちみたいなのが『恐怖』なわけないだろう!!あの美しき『恐怖』が俺たちを動かしたんだ!」
 彼らの怒りは『憧れ』を貶されたことへの怒り。取調室で複数の警察に取り押さえられながらも、彼らは「謝れ!謝れ!」と何度も姿形も何もかも知らない『恐怖』の為に怒り狂った。
 そして、グループに所属する犯罪者たち全ての取り調べが終了した時、警察は皆一つの真実を知ることになる。
 大きな犯罪グループに属する者、それも上の階級にいる者程口を揃えて彼らに言った。
「あの『恐怖』に膝をつけることなど簡単。こんな快楽をくれた『恐怖』に首すら差し出せる」、と―――。
 死の遊び人(デスプレイヤー)など比にはならない。彼は憧れ「敬う」とは言ったが、いずれ『恐怖』すら見下すことを夢見ていた。だが、彼らは違う。もし、彼らが死の遊び人(デスプレイヤー)の言葉を聞いてしまったら、全員で彼の首を絞め、その身の原型が無くなるまで刃を刺していたに違いない。
 彼らの『憧れ』は最早、『神への崇拝』と同じだ――――。
 そんな彼らの姿が、警察はとてつもなく気持ち悪くて、とてつもなく頭が狂っていて、
 とてつもなく『恐怖』だった―――……

「解決しているようにみえて未解決事件……。自分が首謀者だと名乗りを上げてくる人物が絶えなかったらしいけど、取り調べの全員違うと判断されたからね」
「でも多くの犯罪をするには金や権力とか色々必要ですから、やはり逮捕された大きなグループ内の誰かなんですかね?」
「あたしは未だに逃げ回っていると思いますよ」
「おおっと!」
 いつの間にか両腕にファイルを抱えて戻ってきた華花菜が後ろにいたらしい。水津地警部の空いたカップに珈琲を注いでいた景は突然会話に参加した彼女に驚き、珈琲が零れそうになるが何とか踏ん張りカップ内に収める。
「お疲れ、華花菜。お前は『九年前』の首謀者はまだ逃げ回っていると考えているのかい?」
 景が溢さずに入れて見せた珈琲を口に運び、深く椅子に腰かけて彼女へと問いかける。景も又、新人刑事の彼女の考えが気になるらしく、珈琲の入ったポットを安全な場所に置いてさりげなく彼女の隣に並ぶ。
「理由としては、時期の一致よりも一番目の事件から〝何故高いリスクを負ってまで行ったのか〟と考えたからです」

 一番最初の事件とは、とある地方の何処にでもいるごく普通の一家が全員殺された事件のことだ。
 死因は刺殺。それも、就寝中の家族全員の心臓を的確に一刺で、だ。当初、この事件について世間では「酷く恨まれていたのか」「ヤバいお金でも借りていたのか」と噂されていたが殺害された家族は本当に何処にでもいる普通の家族で、死を望まれるような恨み言も無ければ借金で首が回らないといった状態でもなかった。また、家の中は荒らされていなかったことから金目当ての強盗でもない。もし金目当てならば当時被害者の隣の家はかなり裕福であったから、そちらを狙うであろう。
 そもそも、殺し方自体が不気味だった、と当時担当していた刑事が言っていた。
 一か所だけ、的確に。まるで、〝殺す為だけに刺した〟と言っても過言では無かった。
〝犯罪者の心情など全く感じられない、まるで作業のような殺しだった〟と―――。
 当時の死体を見た刑事たちは全員気味悪そうに述べていた、と華花菜は刑事になって数日後に教えて貰っていた。

「グループの殆どは『眠れない四年間』が始まる以前から活動していて、しかも中々尻尾が捕まえられなかった強者揃い。なのに、始めから警察の目に留まることを前提にした事件を起こした……なんて私は納得できません」
 実際は警察が鍵を開けて家の中を操作するまで多くの時間を掛けてしまい、死後硬直がかなり進んでいた。いつまでたっても出勤することなく電話にも出ない家主を心配した同僚が不思議に思い身の回りの調査を警察に頼んだことで事件が発覚したらしい。しかし、それでも時間は大いに掛かるが華花菜の言う通り、いずれ警察が見つけることは明らかだった。
「でも、サイコパス野郎が多かったって言ってたから。的確に無駄なく殺せた綺麗な死体を見て欲しかったんじゃないか?」
「それなら警察に見つかるリスクを背負わなくても裏の社会だけでも十分じゃないですか。それにあの事件は密室で当時は例年に比べて気温が高かったはず。それでは死体がすぐに腐ってしまって綺麗とは言えませんよ」
 死体が発見されたのはゴールデンウィーク明け。殺されたと思われる時間はゴールデンウィーク前と考えられている。そして、華花菜の言う通り例年に比べてその年は気温が高く、見つかった時の家中に家族全員の腐敗臭が充満していて一歩入るだけで吐き気が襲ってくるほど酷かったと伝えられている。
「私は話を聞いた時……まるで『〝いつか警察に見つかればいい〟』と言われているような気がしました」
 密室だから誰かに見つからない限りは死体はそのまま。見つけてくれるまで誰も見ることは出来ない、知ることも出来ない。
 犯人の行動は警察を馬鹿にしているのか。或いは、見つけてくれると信じているのか。
 当時の話を多くの刑事から聞いた時、華花菜は〝どちらにでも受け取れる〟、そんな違和感を感じ取った。
「あと先輩のおっしゃっていることも分かりますよ」
「お、おぉ」
「多くの犯罪。しかも密室や証拠を残さない事件といったものはそれだけの財力、権力、労力が必要になると思います」
 突然、自身の考えに同意であると自分を見上げる彼女に景は不意打ちを喰らった。まさか自分の考えに同意してくれるとは思わなかったのであろう。しかし、それでも想い人である華花菜と同じ考えが出来たことに喜び、驚きながらも心の中で密かにガッツポーズを決める……が
「だよな!」
「しかし、だからこそ逮捕されたグループ内に犯人はいないと思います」
「えッ……」
「っぷ!」
 同意されたことが嬉しく、自信を持って彼女の言葉に力強く頷いたがまさかの上げてから落とすパターンに。彼女の否定発言に間抜けな声を溢してしまい、そんな彼の姿に口元を抑えながらも吹いた水津地警部だが華花菜はそんな二人の事など全く気にせず自分の考えを続けた。
「大きなグループになればなる程、統率は必ず取れているものです。そうでなければ長年犯罪を犯しているのに捕まえることができなかった理由がありません。故にグループ内での規則は非常に厳しく、例え幹部でも無断にそれらの力を扱えば組織内の制裁を免れることは出来ない筈です」
 逮捕されたグループには警察が長年追い続けていた巨大な組織もあったと言われている。それだけ表の世界に情報を流さず慎重に犯罪を犯していたのであろう。
 昔から情報は武器であると言われている。故に情報は徹底的に守らなければならない。少しでもそしてどんな小さなものでも組織に関わる情報が洩れる恐れがあれば直ちにその原因を潰す。その為なら赤の他人だけではなく同じ釜の飯を食った仲の命ですら消してしまう、非情にして徹底的に管理された組織図。
 だが、その長年の努力も彼らは台無しにした。
『眠れない四年間』とはいえ、長年に比べれば〝たったの四年〟。
 犯罪の快楽を得たいが為に―――〝『恐怖』へ崇拝したが為に〟彼らは長年、警察から逃げ切った努力をたった四年間で無駄にしたと言えよう。
「長年保っていた統率も『恐怖』の前では無意味になった……か。裏社会とはいえあのような大物達の成れの果て……真犯人は一体いま何を想っているんでしょうかね。嘲笑っているのか呆れているのか」
「それとも『何も考えていないか』……かな」
 それまで華花菜の推理を静かに聞いていた水津地警部が会話に入り、カップを片手に頬杖をつく。
「『心情など全く感じられない』『作業のような殺し』って、〝残りの未解決事件〟の殆どもそう言われているんだ。真犯人にとって崇拝者たちの行動はどうでもいい、それどころか視界にも耳にも入っていないのかもしれない」
 ―――では、真犯人はどうして多くの人々の命を奪っていったのか。
 水津地警部の考えについて華花菜も同意であった。実際に自分の目で見たわけではないが、それでも多くの刑事たちが声を揃えて同じことを口にすることから、真犯人は〝感情無しに〟ただ単純な作業をするかのように多くの人々を殺していったのであろうと考えられる。
 だからこそ考えることになる。
〝真犯人の目的は果たして何だったのか―――〟。  死体は犯人の殺害時の心情を知る大きな証拠となる。恨みや妬みなどの負の感情を持って殺したのか、正当防衛で誤って殺してしまったのか、或いは崇拝者たちの様に快楽に溺れ、芸術性を見つけて殺したのか。全ては死体―――殺し方で分かる。
 だが、真犯人はただ殺しているだけだ。誰もが知る有名人から何処にでもいる幼い子どもまで。全員、ただ殺しているだけ。
「真犯人は何をしたかったのでしょうか……」
 もし真犯人が景が述べた通り死に芸実性を感じるサイコパス野郎で、死で溢れる混沌の世界を作り上げることを夢見ていたのなら『眠れない四年間』は大成功だ。命の価値が軽過ぎる、命で遊ぶ、さぞ頭の狂った者たちにとっては楽園の世界であっただろう。その楽園の世界が終焉してもう五年が経っているが未だに『命の尊さ』を考えずに、命を軽く見て問題を起こす者たちが後を絶たない。
 だが、しかし……。
 ―――仮に真犯人がサイコパスだったとしてもなんでこの五年間、〝何もしなかった〟?〟。
 現在の行方不明者の中にもしかしたら真犯人の被害者となったものがいるのかもしれないが、それでは『眠れない四年間』の未解決事件と条件が一致しない。一番最初の事件だけでなく、『眠れない四年間』で起きた他の未解決事件も全て時間を掛けてでもいつか警察に見つかることを条件としているように死体をその場に残して犯人は去っていた。そんな拘りを持つ犯人が大きなグループが捕まっただけで隠れる様に殺人を続けるだろうか。
 ―――いや。続けない
 思い浮かぶ疑問に華花菜はそうとしか考えられなかった。
「犯人の目的が分からないことも『恐怖』だけど、華花菜の考え通り真犯人が捕まっていなかったとしたら、この沈黙の五年間もある意味『恐怖』の一つとなるね」
「もしかしたら。『眠れない四年間』の間に犯人の目的が達成された、または目的を達成する必要が良くなったからもう殺人をしなくなった、とか。そういった可能性が考えられますね」
「それでも……」
 両腕に抱えていたファイルを水津地警部のデスクへと静かに――――けれども、その瞳は力強くそれを見つめ、華花菜は口を開く。

「多くの命を奪った罪はその身から剥がすことは出来きません」

 ――――例え、目的が果たされていなかろうが。沈黙の五年間で殺人を犯していなかろうが。
 ――――その身が穢れていることを忘れるんじゃないわよ。

 ――――逃がさないわよ、大罪人!!

「……その通りだな」
 華花菜の言葉に先程とは違う気持ちだが同じ刑事として、そして『正義』の心を持つものとして景は力強く頷く。
 若々しくも燃え上がる二人。その姿を口角をあげながら水津地警部は先ほど置かれたファイルを机の上で開き、立ち上がる。 「さすが私の部下だね―――では、まずは目の前の事件を片づけようじゃないか」







←BACK  CLOSE NEXT→

inserted by FC2 system