神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれforth【05】



 海琉は自室にて新聞、スマートホォン、パソコンと情報を収集する物に囲まれながら地図を見ていた。
「まだいるか……それとも〝通過〟したか……」
 地図はこの街を含む隣接したいくつかの都道府県が描かれたもの。各情報網に書かれている地域は赤ペンで丸く囲まれ、上の方に同じく情報網で得たそれぞれ日付が書き込まれている。更に、その日付を近い順に線で繋げていくと……最後にはこの街へと辿り着いた。
 予想していた結果なのであろう。結果に驚くことは無く、地図上にあるこの街を見つめながら海琉は呟いた。
「最初の方は一件だったけど、ここ最近は二件で移動しているから……」
 ――いる方の可能性が高いな。
 暫く見つめて考え事をしていたが、次に検索サイトをクリックしてキーボードで何かを打ち込んでパソコンを操作し始める。そして、いくつかデスクトップ上に上げられた検索結果を開いて内容を確認し、気になる点を机に広げられたノートに書き込む作業を繰り返した。
「……男女共に狙われている、か。子どもに、お年寄り……でも、若い男性も狙われているから性別と年齢は関係無い。でも、最近女性が主に狙われているんだよね。というか、なんで途中で二件にしたんだろう……?」
「海琉くーん、お昼ですよー」
 今度はノートに書き込んだ内容を見つめながら顎に手を当てて考え込んでいると部屋の外――、廊下から自分の名前を呼ぶ声が聞えてきた。
「はーい、いま行きまーす」
その声に先ほどまでの険しい顔は消え、代わりに彼らしい表情に変わる。

「あ、冷やし中華だ!丁度食べたかったんだよ」
「ふふ、おばさんちゃんと覚えていたのよ~」
「いつもありがとう、ナナコさん。暑い中麺茹でるの辛かったんじゃないかい?」
「暑かったわよ~。でも、おばさん頑張った。褒めて!」
「すごーい!ヤバい!カッコいい!」
 階段を下りて台所に向かえば、食卓テーブルには夏の野菜のよって飾り付けられた冷やし中華が置かれていて、海琉が嬉しそうな声を上げる。その近くでエプロン姿の女性が得意げに笑った。ナナコと呼ばれた親子程年の離れた家政婦の言葉に海琉もノリに乗って拍手しながら称揚した。
「さぁ~、では食べましょうか。あとね、おばさん卵焼き食べたくて一緒に作っちゃった」
「本当?俺おばさんの卵焼き好きだから嬉しいなぁ」
 ナナコに続いて海琉も自分の席に着く。お互いに目の前に置かれている箸に手を伸ばす前に手を合わせる。
「「いただきます」」
 挨拶と同時に一礼。そして、お互いに箸を手に持って冷やし中華よりも先に二人の間にある卵焼きを掴んで口へと運ぶ。
「……ん、美味しい!流石だね」
「褒めても何も出ないわよ~。それに、料理なら仁樹くんの方が上手でしょ?何せ、グーテンタークの料理人なんだから」
「いやいやナナコさん。それとこれは別だよ」
 山盛りに載せられた麺を箸で多く掴み、口に運ぶとつゆと素材の旨みが口の中に広がる。それと同時に空腹だった胃袋が満たされていくことを実感する。
「ナナコさんの料理は仁樹とは違った意味の美味しさがあるんだよ。俺にとってはナナコさんのご飯はお袋の味かな?」
「あら、卵焼き一つで嬉しい事行ってくれるわね~。次は何が御望みなのかしら?」
「魚が食べたいです!」
「素直で宜しい」
 その後、堂々と答えた海琉は箸をドンドン動かしてすぐにでも一皿目を食べ切りそうな早さで冷やし中華を食べていく。同じくナナコも箸を動かして食を進めていくが、途中思い出したように一旦箸を止めて近くにかけてあるカレンダーに目を移した。
「そうそう、海琉くん。おばさん今年もお盆の前後に休み貰っちゃったから、その間家事をしに来れなくなります」
 ナナコの言葉に、海琉も一旦箸を止めて同じくカレンダーへと目を移した。
 季節は夏。月は七月。来月にはお盆休みがあるわけで、毎年のこの時期になるとナナコが休みなのであろう。海琉は驚くことなく「了解~」と言うだけだった。
「というか、もう二十歳越えて自炊もできるのにいつも家事任せてるし、もっと休み取ってもいいんだよ?」
「もー、おばさんは家政婦よ、おばさんの仕事なんだからそういうの気にしないの」
「いや、だって妹が仕事しながら自炊してるのにって思うとさぁ」
 そういって、情けなさそう笑みを浮かべる海琉。
「でも、海琉くんが家事するとおばさんお給料貰えなくなるからねぇ。ところで、華花菜ちゃんは今年もこちらの家に帰省しないのかしら?」
「そうだよ。今年も華花菜はこっちじゃなくて〝あっちの家〟に行く予定」
 一皿目を食べ切った海琉はおかわりする為にテーブルの中央にあるザルへと箸を伸ばした。海琉の言葉にナナコは少し複雑そうな顔をするが、家政婦としての長年の付き合いからか「そうなのねぇ」とだけ言って再び冷やし中華を食べ始めた。
 ―――俺もあっちに行きたいけど、〝『契約』〟があるしなぁ。
 海琉は飛田活人流道場の師範代にして次期当主。つまり、いま彼が住んでいる家が本家であり先祖代々の墓もこの土地にあることになる。お盆の間は〝あっちの家〟に行く華花菜だけでなく友人たちは皆この街から離れていく為、毎年この時期の海琉は家での騒がしいお盆作業が終われば庭で飼っている二匹の愛犬たちと遊んで過ごしていた。
「お盆の間、皆みたいに何処か行きたい。愛犬たちと旅行でもしようかな~」
「お盆の間は家のことで毎年忙しいじゃない?いいの?」
「俺はこんな家、別にどうでもいいんだけどね」
 ―――この家には、〝母さんはいないから〟。
 思わず口にしそうになったが、その前に麺口に含んだ。
 来月に入れば、数日間は食べられなくなる彼女の料理を楽しむためにもう一切れ、卵焼きを掴んで口の中へと運ぶ。
 「……ん、やっぱりナナコさんの卵焼きは美味しいや」









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