神と罪のカルマ オープニングfifth【09】



 雨の降る住宅地。電灯で照らされた道は、濡れていることでその光を反射してわずかに輝く。
 そんなアスファルトの道を仁樹は歩いていた。
 博士から借りっぱなしの傘を差しているが、既にずぶ濡れ状態である。
 それでもこれ以上濡れないように、と差しているのであろう。
 傘を打つ雨の音を左から右に聞き流しながら、自分の家、愛しき人が待つ場所を目指す。
「……あァ?」
 ズボンのポケットにある携帯から振動を感じた。
 手を突っ込んで携帯を取り出し、画面を見て誰からか確認すると、苦笑いを零す。
 通話ボタンを押してから耳にあて、短い挨拶を口にする。
「よォ」
《〝今度も〟、あんただったわね》
 第一声が悪意とは悲しい。
「お前、挨拶とかお礼とか言えねェのか」
《素晴らしきお節介ありがトウゴザイマシタ》
「最後の棒読みがお前の感情だと読んでいいよなァ、それ」
 相変わらず嫌われている。携帯電話から聞こえる声が相手の、華花菜の感情を伝えてくる。
《あんた。兄さんにちゃんとお礼言ったんでしょうね? 言ってなかったら、ブツわよ》
「ちゃんとお礼言ったのかどうか分からないお前に殴られるのもなァ……」
 彼女の言葉に呆れながらも、「お礼は言った」と仁樹は答える。
『技を使うなら『牙砲』を一発だ。あと、傘を持って行った方がいいと思うよ。』
 犯人に遭遇する前。仁樹は彼女の兄、海琉と会って話していた。
『雨だからじゃない。相手は素人とはいえ、被害者に短時間で大量な切り傷や刺し傷を付ける奴だからね。
 護身用。……刺さないように気を付けなよ』
 親友が持つ、『勘の良さ』。
 それは彼の独自の調査で集めた情報と、いままでの経験や努力によって培われたものである。
「あいつの勘の良さ……。日に日に増しているような気がする」
 時に、調査が無駄になることだってあった。だが、完全に水の泡となるわけではない。
 今回の経験は必ず、次に生かすことが出来る。無駄になっても努力したことは無駄ではない、と。
 無駄に終わった調査のたびに、彼は言うのだ。
《当たり前よ。あたしの兄さんなんだから》
 出たぞ。ブラコン――――……。
 海琉のシスコンといい勝負である。
「この兄にしてこの妹ありだな……」
 先週。彼女の兄にも溢してしまった言葉を再び溢した。
《なんかそれ、先輩にも似たようなこと言われたわ》
「だろうな」
 その先輩が仁樹の思い浮かぶ人物で当っているのなら、言われるのも無理は無い。
 多分、署内で一番、海琉の被害を受けている者だろう、と。華花菜に恋心を向ける先輩刑事に少しだけ同情の心を見せた。
「だけど、今回。俺の出番はないと思ってたんだけどな」
《兄さんも言ってたわ。今回こそは、〝あんたには頼らないってね〟》
「……でも。海琉の勘の良さやお前のキレが鋭くなるほど、こういう事件は起きなくなってくんだろうな」
《……》
 そうすれば、彼女が傷つくことはない―――……。
 勿論、この兄妹に全てを押し付けるつもりはない。仁樹だって、このような事件でなくとも協力を惜しまないつもりだ。
 だが、二人の持つ力は、友であることを誇れるほどに素晴らしいものであった。
 決して、悪事に使うことはない。
 それを使うのは、正義のためだけに。
 守りたいと願う、平和を願う、正義の心のために―――。
《それでも……》
「あァ?」
《〝起きた後は、何も役に立たないわ〟……》
 助けることが出来ても、〝救うことができない〟―――……。
「……」
 きっと―――、彼女は携帯を強く握っているであろう。
 携帯だけではない。もう片方の手も。いま思う想いに反応して、強く強く―――。
 『悔しい』と―――。何処か、無力な自分を責めて。握っているのであろう。
「あのよ……」
《謝らないで。不愉快だから》
「そうか……」
 これは、本人の心の問題。心の戦い。彼女が解決しなければならない。
 そこに嫌われている仁樹が何を言ったとしても、彼女のプライドを傷つけるだけで終わってしまう。
《……ねぇ》
 少しの間をおいて、華花菜の声聞こえる。
「なんだよ」
《どう思う?》
「……」
《〝あの子の『力』〟》
 またか―――……。
 彼女の問いに、戸惑うことはない。歩みを止めないまま、雨の音で聞き落とさないように耳を傾ける。
「お前、事件解決する度に聞くよな」
《当たり前でしょう》
 これも予想できていたのだろう。冷たく返されるも仁樹は気にすることなく、彼女が続ける言葉に耳を傾ける。
《〝理解してあげられないなら常に考えてあげないといけないじゃない〟》
「……その通りだな」
 下手に相手の事を理解しようとすると、相手を傷付ける。
 一生消えない傷を『精神(こころ)』に刻み付ける可能性だってある。
 だから、華花菜は考えるのだ。
 完璧に理解してあげられない代わりに、常に彼女のことを考えている。
 華花菜の、大切な――――。
 大切な、親友である彼女を――――。
 縁 朋音のことを――――。
 信頼とは包帯であり、刃。言葉とは薬であり、毒。
 信頼し合うために、伝えたい言葉は多く生まれるが、一度口から放たれた言葉は取り戻しは聞かない。
 人は言葉だけで人を殺められる存在。一言だけで人を天に連れて行く事も、地に落とすことも出来る。
《私は中途半端で安っぽい言葉なんかで、あの子に傷を付けたくないの。信頼から生まれる優しさの言葉で助けたいの》
「それは『全員』一緒だろ?」
《そうね。でも……》
 耳に伝わる華花菜の意識。
 『女』であることを誇りに持つ、彼女の強さ───。

《負けたくないの》
「……」
《あんただけには、負けたくないのよ》









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