神と罪のカルマ オープニングsecond【04】




《──……重傷者四人。現在市内の病院で全員治療中とのことです。また、事件発生から数時間後に近くで男性が切りつけられる事件が──》

「仁樹」
「なんスか?」
「いま事務室行くんじゃねぇぞ」
「はい?」
「あぁぁあああぁあああー!!!」
 場所は料理店、グーテンターク。いつも通りの昼の仕事を終え、休憩時間に入った仁樹は休憩室で寛いでいた。
 そこへ煙草をくわえた先輩が本日の賄い食を持ってくる。
 だが、すぐには座らずに扉の近くに立ったまま事務室の方を見て謎の警告を口にした。
 途端に、先輩の後ろから荒れ狂った女性の叫び声が聞こえ始めた。
「……店長?」
「いまホールの奴らが押さえてる」
 トガン、ガシャン、と物が落ちる音が頻繁に聞こえてくるのは気のせいだろう。
 そんな音の中、必死に押さえ込もうとする勇敢な人たちの声が聞こえてくる。
 此処、グーテンタークのモットーは〝静かで居心地の良い料理店〟。それは開店当時から変わらない。
「店長があーだと世話ねぇな」
 呑気に煙草を吹かしながらトレイを仁樹の前に置く。今日は前日の残り物を中心にアレンジした料理みたいだ。
 スパイスの効いたスープとタイ米での炒め物の匂いが空腹の胃を刺激する。
「さー、さっさと食べて仕込みの準備すんぞー」
「……先輩って、卑怯スよね」
「賢いんだよ」
 仁樹はわかったていた。この人逃げてきたな、と。
 料理長や店長ら二人との付き合いは従業員の中で最も長い先輩。いつ店長が爆発するか予想ができ、逃げるタイミングが分かっている。
 そして、彼の辞典には『賢い』と書いて『卑怯』と読む。そう記されているに違いない。
「でも、あのままだと午後の仕事に支障が出ると思うんスけど」
「そーだな。おーい、早くなんとかしろよー」
「ならあんたも手伝んかい!!」
 事務室からホール担当の女の先輩の怒鳴り声が聞こえた。
「だそうっス」
「嫌だよ、めんどくせぇ。仁樹が行けよ」
 俺は殴られたくねぇし、と灰皿に煙草を押し付けながら仁樹の向かえに座り、賄い食に手を付ける。
 卑怯と言った仁樹だが、彼もやはり先輩と同様に店長に殴られるのが嫌である。過去に顔面を殴られたことがあるからなおさらだ。
 助けに行かない代わりに事務室の方に手を合わせた。
「仁樹も手伝いなさぁぁあああい!!」
「ホント、すみません」
 無事に帰って来れますように。勇者たちに一礼もした仁樹であった。
「で、なんで店長はあんなに荒れてるんスか?」
「コレのせい」
 先輩の手から音をたてながら机に置かれたのは本日の新聞。それに書かれている大きな見出しが目にすぐにはいった。
「《一日で四件!謎の連続犯罪者!》……」
「ほら、ここ1ヶ月で事件ばっかり起こしてるやつ」
 その話なら仁樹は耳にタコが出来るぐらいにテレビやインターネット、街中の人々の声で聞いている。
 連続犯罪者。最初の事件は1ヶ月前。
 鈍器で仕事帰りのサラリーマンを頭部への殴傷。2回目の事件はその二週間後、街中で女子高校生の首をロープで締め付けたもの。
「今回のは昨日で四件。切り付け二回と殴り付け二回と……」
「幸いにも今んところ死者は出てねぇみてぇだが、重傷なのは間違いないな」
「1回目は夜、2回目は昼間、3回目は朝に夕方に深夜と。犯行時間はバラバラッスね」
「二回目なんか街中だぞ。つまり言い換えりゃぁ、犯人は〝いつ、どこでも〟犯罪を行えるってことだ」
「……あー、そういうことスね」
 何故、店長の叫び声とこの連続犯罪者がどう繋がるのか理解出来た。
「結果、怖くて安易に人が街を歩けないと」
「街を歩く人が減ると店に入る人も減るっつうわけだ。休みだっていうのに今日はいつもより客が少なかったしな」
「客が減ると本日の売り上げも仕事も同じく減るってことスね」
 風が吹けば桶屋が儲かる。この場合、儲けてはいないが。
 仁樹がすぐに答えに辿り着いたのも以前にも同じ経験をしたことがあるからだ。
 暴風雨など人々が外に出ることを妨害する天候のときにも店長は荒れた。
 金に関してはともかく、仕事が減ることに嘆くとは。仕事熱心なのか、仕事中毒なのか。
「しっかし、不思議ってか不気味だよなぁ」
 〝不気味〟。確かにこの連続犯罪者にぴったりな言葉かもしれない。
 仁樹は新聞を広げ、今回の事件の内容を読んでいく。そして、1回目と2回目のときにも書かれていた言葉を見つける。
「……そうっスね。今回の新聞にも犯人の目撃情報は〝書いてない〟ッスし」
 何故、こんなに世間を騒がせている連続犯罪者が捕まらないのか。
 簡単に言ってしまうば、犯人の目撃情報がないのだ。
 被害者である人々は全員重傷で酷い者は意識不明な状態であるために、口をまともに開ける者はいない。
 また話せたとしても何も覚えていない、何も見ていないのだと情報が手に入れられないのだ。
 だが、犯人の特徴がわからない中で、唯一これらの事件の犯人が同一人物だと決定つけるものがある。
 『Hello!I am player!』
 『こんにちは!私は遊び人さ!』
 犯罪をまるで娯楽だと言っているかのように、気持ち悪い赤のペンキで堂々と書いて残していく。
 そのメッセージは警察を馬鹿にしているように感じる。同時にゲームに参加者を求めるようにも見えのであった。
 連続犯罪者。またの名を『死の遊び人(デスプレイヤー)』。
「まぁ。『九年前』には到底及ばねぇが、怖ぇことには変わりねぇんだよなぁ……。大丈夫かな、カミさん……」
 因みに先輩は既婚者であり、去年に式を挙げてからもうすぐ一年が経とうとしている。
「周りに職場が同じダチが住んでるからよ。迎えに行くからそこに居させて貰えって電話で言っといた」
「一人のアパートは女性には怖いッスからね」
「お前のアパートは良いよな。『夜型民族』」
 常に自宅にいる『夜型民族』。
 大家さんの言うとおりに、互いに協力し助け合うことで ブオナジョルナータを守っている。
 だから、仁樹達は安心してあそこに住み続けることが出来るのだ。
「だけど、彼女の仕事の行き帰りが心配っス」
 だが、問題はやはり残るもので。自宅にいる間は大丈夫なのだが行き帰りはどうしようもならない。
 社会人であるため休むことは論外。しかも、仁樹は料理人だ。朝は早く出勤し夜遅くまで働く。
 頑張れば朋音を送っていくことはできるものの迎えにいくことはどうしても無理なことである。
「ここで仕事より彼女を優先して行動出来たらかっけぇんだけどな」
「そしたら、残りの仕事やってくれるんスか?」
「馬鹿野郎。俺が死ぬだろう」
「なら言わないでくださいよ。あとそんなことしたら朋音に怒られまスんで」
 いつも穏やかな彼女が珍しく大きな声を出して怒ったのはいつだったか。
 自分の身より相手を思い過ぎる彼女は、それで周りから心配されているのを全くわかっていないようで不安になる。
「だったら、対策ぐれぇ考えたらどうだ?俺のカミさんみたいにダチの家に居させてもらうとかよ」
「そうすね。朋音と一緒にいる時間が減るのは嫌ッスけど」
「おい、何気に惚気んな」
 自分より長い足が、脛を攻撃。
「先輩蹴んないでください」
「俺にイラつかせたお前が悪い」
「ソースカ」
 なんと自分中心の答えだろうか。内心呆れながら、朋音へ連絡するために携帯を取ろうと制服のポケットに手を伸ばす。
 だが、手が携帯を触る前に着信音が鳴り出した。
「あ、外で出てきます」
「朋音ちゃん?」
「あー、違うッス」
 着信音が消える前に先輩に断りを入れて休憩室から廊下を渡り裏口を目指す。
 勿論、途中に見えた事務室での店長達のやりとりは見て見ぬ振りをして。
「仁樹コノヤロー!!」
 自分への罵声を見事にスルーして裏口に辿り着く。

 扉を開けると雨が降っていた。いや、降っていたのではなく、降りつづいている。
 昨晩から数日は振り続く雨。洗濯ものが干せない、と落ち込んでいた朋音を思い出す。
 雨に打たれながらもコンクリート同士の建物の間で屋根になっている場所を探して入る。
 都会独特のコンクリートの匂いがする中、携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。
《やぁ、仁樹。元気かい?》
 電話越しからは陽気な男性の声。親友、海琉のものだ。
 昨晩遅くに帰ったにも関わらず、疲れを感じさせない声が耳に聞えてくる。
「少し寝不足気味だけど、元気だと思うぜ」
《あはは!それはよかった。昨日は大変だったからね》
「まぁな。ホント、お前がいて助かったぜ」
《あれ~?俺なんかしたっけ?》
「お前がいなかったらあの髭面見つけられなかったんだぜ?」
 海琉があの時近くを通らなければ、灯真は途方に暮れていただろう。
《あっはっは!それもそうだ!》
「まぁ、この話はまた今度にでも博士の野郎の前で堂々としてやろうぜ。それで、どうしたんだ?」
《実はさ、仁樹に提案があって》
「提案?」
《朋音ちゃんの送り迎えしてあげようかなー、と》
「……おぉ」
 仁樹は素直に驚いた。まさか先程までどうするかと考えていた問題をまるで聞いてたかのように提案をしたのだから。
 流石は親友と言ったところだろうか。
「お前、超能力者か?」
《もしそうだとしたら、もっと面白いことに使うよ。え、何?もしかしてそれ的会話をしてたの?》
「たったいま、朋音の行き帰りについて先輩と話してたところだ」
《俺ビンゴ!》
 お決まりのハイテンション。
「でも、なんで急に?」
《だっていま、ここらの地域は例の事件で危険じゃないか。
 朋音ちゃんを一人で行き帰りさせるのは心配だし。かと言って仁樹は夜遅くまで仕事しなきゃいけないからさ》
 だから、俺が代わりに送り迎えしてあげようってさ!、まるで正義の味方のように自信満々に答える海琉。
 電話越しに得意気な顔をしているに違いない。オプションに親指を立てているかもしれない。
「それは凄く嬉しいけどよ。妹の方を心配しなくていいのか?」
 自分が動けない分、朋音を守って貰えることは本当に嬉しい。だが朋音の前に、彼には大切な妹がいる。
 そちらのことはいいのかと思い、『心配』と言う言葉を滑らした。が、滑らしてから気づく。
 この言葉は〝意味がない〟 ことに。
《仁樹さ。それ言ったらあいつに怒られるって》
「だよなー」
《下手したら川に突き落とされるよ》
「突き落とされたことはねェが、ほうきを突き付けられたことはある」
 ―――どいつもこいつも女だからって馬鹿にするな!!
 『女』を理由に『心配』を使ったとき、仁樹は海流の妹から相手を睨みつけ殺すような視線を受けた事があった。
 海流にそっくりな顔に睨まれたというだけでも驚きだというのに、海流とは違った殺気を出されたときは流石に怯んだ。
「でも、お前の心配は許すんだよな」
《それは『兄』が『妹』へする心配だからさ。俺は『女』としてあいつを心配してないからね》
「じゃァなんだ?あのとき、『友達』として心配すれば睨まれなかったのか?」
《それでも睨まれたと思うよ。あいつは『君』という存在自体が嫌いらしいからね》
「サラリとひでェこというな」
《あはは!でも、俺は仁樹のこと大好きだよ!》
「そりゃ、どうも」
 本当にぶっ飛んだ兄妹だ。自分達、兄弟はまともだよな?、と考えてしまう仁樹。
《話は戻るけど、妹の心配はしなくていいよ。さっき電話したけど、しばらく残業続きでまだ家には帰ってこれないから》
「でも、仕事の方は大丈夫か?朋音がいつも仕事が終わるのは八時だぞ?」
《〝仕事なんか知らない〟》
間髪入れずに返ってきた。決して悪ふざけで言ってるのではない。
《あの仕事をやってるだけでも嬉しいと思いやがれってね》
「……」
 まただ。また海流は『無』になって話している。無になるのは彼にとって『無関心』のもの。
 『父親』―――。
 これ以上、この話を伸ばすのをやめよう。仁樹は『無』の海流とは話したいとは思わない。
「……わりィが、朋音の事を頼むぜ」
《別に、迷惑だと思ってないさ。大切な人たちの為なら俺は何でも何処へでもいけるよ》
 大切なもののためなら、海流はなんでも出来る。それが、例え、自分が傷付く道でも、真っ直ぐに助けにいく。
 正義のヒーロー。正義の心。悪に恐れない己の絶対的正義。
「お前、本当にかっこいいよな」
《いきなり誉めてどうしたんだよ?》
「いいや、なんでもねェ」
《ふーん。ところで、仁樹》
「なんだよ」
《昨日、俺になんか言ったみたいだけどアレ何言いたかったの?》
「どこらへんの会話のとき?」
《妹ネタを引きずって切れられる前》
「……あー」
 感謝の言葉。自分や自分の大切な人のために行動してくれる彼へ送った言葉。
 ここで改めていうのもなんだか恥ずかしいものなのだが、それでも今回の送り迎えのことに感謝の言葉をはっきりと伝えなくてはならない。
 なら、恥じることは何もないだろうと仁樹は今度ははっきりと口にした。
「ホント感謝してるぜ、正義のヒーローさんって言ったんだよ」
《あははは!!仁樹の声で言うとなんか悪役のセリフっぽく聞こえるね!》
「しばくぞ、てめェ」
《上等だよ!しばけるものならしばいてみなよ!》
「ちくしょう。覚えておけよ、ボッコボコにするから」
《昨日とは逆だねー。まぁ、正義のヒーローに悪が勝てると思ってる?》
「残念。俺はアンチヒーローなんだよ」
《あっはっは!そうきたか!》

 その後、しばらく世間話をしてから仁樹は電話を切った。
 海琉と話すのは本当に楽しいのだが、流石にこのまま話し続けると賄い食を口にしないまま午後の仕事に取り組むこととなる。
 長時間労働の料理人としてはそれは避けたいもの。携帯で残りの休憩時間を確認し、裏口の扉に手を伸ばす。
 ふっとコンクリートで囲まれた世界から灰色の空を見上げた。昨晩より勢いは弱くなったが、一向に止む気配を見せる気配がない。
 数多の水の粒が重力に従って落ちてくる。
「早く止まねぇかな」
 昨日借りた博士の傘をいつ返そうか。朋音の行き帰りの心配は解決したが、次は借りた傘をどうしようか、と考えながら店の中に入った。
 入ったと同時に、お盆が勢いよく仁樹の顔面にぶつかった。クリティカルヒット。
 あまりにもの威力だったためか、長身の仁樹でもよろけずにはいられなかった。
「謝らないわよ!!!それ天罰だから!!!」
 どうやら店長を抑え込むことに参加しなかったことへの仕返しらしい。
 結局は参加しなくても痛い目に合うのは変わらなかった。








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