神と罪のカルマ オープニングforth【01】



「それにしても、お前。爆発に巻き込まれたっつうのに、よく普通に通勤してきたな」
「休んだら、俺の仕事やってくれるんスか?」
「馬鹿野郎。俺が死ぬだろう」
 先日に似たような会話をしたのは気のせいだろうか、とジャガイモの皮を剥きながら会話を続ける仁樹。
 そんな彼の額には、医療用の白いガーゼが張られていた。


 仁樹と朋音は専門の医者のところへと足を運んだ。
 足を運んだというよりか、来た道を戻ったといった方が正しいのかもしれない。
 その専門の医者とは、先程までいた家の主。博士なのだ。
 呼び鈴を鳴らし、しばらくして玄関の扉が開かれる。
「入れ。すぐに治療する」
 そのあとの流れは迅速だった。
 傷口に破片が入りこんでいないか。頭に異常はないか。
 一つ一つの作業を手際よく行う博士。
 そして、縫うほどの怪我ではないと分かり、額の傷を消毒し始める。
 その間、仁樹はずっと朋音の手を握っていた。
 心配ない。大丈夫。自分は生きている―――、と。
 未だに振る彼女の手を安心させるために、握り続けた。
 そうしているうちに額の治療が終わり、続いて玄関の呼び鈴が響いた。
「掲示板に美女イケメンカップルが爆発に巻き込まれたって書かれてあってね。君たちしかいないと思ったよ」
 訪ねてきたのは、数時間前に別れたばかりの海琉。
 場所を居間へと移し、各自ソファーに座る。
 途中、何ごとかと二階の子ども部屋から灯真が下りてきた。
 普通の子どもより察しがいい弟は、兄の額を見て不安そうな顔を見せる。
 その姿に仁樹は大丈夫だと、弟の頭を優しく撫でてベットに入って寝るように促した。
「朋音ちゃん。これからテレビを付けるけどいいかい?」
 ソファーに座り、テレビのリモコンを持って朋音に問う海琉。
 家の主である博士は、泣き腫らした朋音のために台所で蒸しタオルと暖かい飲み物を準備している。
「……うん」
 テレビを付ける。それがいまどんな意味をしているかその場にいる全員が理解していた。
 見せたくない。隣に座る彼女をこれ以上傷付けたくないと思う仁樹の本音。
 それでも、美しくも脆き愛を持つ彼女は逃げることをしなかった。
 海琉がテレビの電源を付ける。
 何回かリモコンのボタンを押していくと目的のチャンネルが画面に映し出された。
《―――から爆発音が何回にもわたって聞えたということです》
「……!」
 強く服を握る彼女の手が視界に入る。
「止めるか?」
「大丈夫……」
 逃げること選択しない。
 そんな彼女の手を、上から仁樹はその大きな手で包む。
《いまのところ、破片で切るなどの怪我で死者は出ていないということです――――》
「死者が出ていなくても、多くの怪我人が出たみたいだね」
 眉間に皺を寄せ、テレビに映る爆発後の現場を海琉は睨み付ける。
「俺の大切な人たちを傷付けて、ただで済むと思うなよ」
 そこにはいつもの陽気な表情は無かった。
「海琉」
 親友の名前を呼ぶ。すると、はっとしたように海琉は目を見開く。
「ごめん……」
「いや。俺たちのことを思ってくれたんだろ」
 ありがとよ、と親友に伝える。だが、彼はバツが悪そうに視線を下に向けた。
《この先のニュースは爆発の事件を中心にお伝えします―――――》
 流れていた爆発に関する映像は、コマーシャルへと変わる。
 朋音の手を包む肩とは反対の手を上着のポケットへと突っ込む仁樹。
「これを見てくれ」
 その言葉に反応して、仁樹の手からテーブルに置かれたものへと顔を向ける朋音と海琉。
 そこに置かれていたのは壊れた機器類の欠片やネジ、街中では見かけることのない石であった。
「これって……」
「飛んできたのを拾った」
「君は怪我したっていうのに……」
「どう思う?」
 小言を無視して、欠片の一つを手渡す。
 相手から溜息が一つ。
「……どう見ても、さっきの爆発では〝出来ないものだね〟。」
 時間をかけてじっくりと観察してから答えた海琉に、仁樹は同意を示す頷きを見せる。
「明らかに、〝投げつけて出来るもんだ〟」
「〝踏み砕いた〟っていう線もあるよ」
 仁樹は爆発が〝起きた後の現場〟を思い出す。
 タクシーが車でまでの間、周りに飛び散らかった欠片を人々に気付かれないように片手で集め、周りの様子を視線だけを動かし観察していた。
 その結果。どの欠片も〝細かった〟のだ。
 ガラスなど割れやすいものであったのなら話は別だ。しかし、実際に爆発が起きたのはコンクリート同士、窓が無い頑丈な建物の間。
 欠片も全て、いまテーブルに広げられた種類のものばかり。ガラス類など記憶の中には一つもない。
 いくら威力が強力でも、たった一回の爆発で機器類がこんなにも粉々になるだろうか。
 もし粉々になるとしたら、その場にいた人々は怪我どころでは済まなくなってしまう程の爆発である。
「その場にあったものを使ったって感じだな」
「この犯人、どうやら馬鹿みたいだね」
「だな。〝その場にあったものなんて、証拠を残したと一緒じゃァねェか〟」
 不審な欠片たちを調べれば、色々なことがすぐにわかる。
 それが新品のものを壊して出来たものなのか。はたまた、捨てられ古くなったものを壊して出来たものなのか。
 前者ならメーカーをすぐに調べ、後者ならそれらが多く無断に捨てられる場所を探し出す。
 いくつかの爆発の欠点を述べていくと犯人がどのような人物であるか想像が付く。
「馬鹿というより、素人だな」
 素人なら、この爆発のトリックも簡単に見破ることが出来る。
「素人と爆発……。ゴミ袋……。簡単に出来るもの……、簡単に手に入るもの。そして、天候……」
 その条件が当てはまる方法は一つ。
「……〝気体〟を使ったな」
「よく漫画にである風塵爆発ではなく?」
「それじゃァでは条件が一致しねェ」
 風じん爆発とは、密閉された空間に粉状のもの、例えば小麦粉や砂糖を飛ばして火を付けて起きる反応。
 しかし、それでは仁樹の言った条件を満たさない。
「粉塵爆発なら、袋の中で常に粉が舞っていなきゃなんねェ。空中の粉に引火して、継続的に伝えながら燃えて行くことで起きるからな」
「あぁ、そうか。それに最近は〝雨〟だ。こんな湿気ばかりでは小麦粉や砂糖もサラサラではないね」
「気体を袋に詰め込み、袋越しに引火……といったところか」
 湿気ばかりの場所でも火を灯し、引火させる方法はある。ガス漏れのライターなどが例だ。
 何回にも渡る爆発を起こしたのだ。気体も大量に使ったはず。
「つまり、〝気体のボンベを大量に購入したって証拠がある〟」
《――――を発見したということです。犯人は連続犯罪者である可能性が高いと思われます》
 テレビはコマーシャルを終え、再びニュースを伝えていた。
 そして、画面は現場ではなく、世間で大きな話題となっている赤い文字の写真を映し出す。
 『Hello!I am player!』――――。
「『死の遊び人(デスプレイヤー)』か……」
「……」
 仁樹の呟きと同時に、朋音が瞳を閉じた。
 見たくないから閉じたのではない。
 その姿は〝何かを感じようとしていた〟。
 瞳を閉じ続ける彼女の手を離さす、静かに待ち続ける仁樹。
 しばらくすると、彼女の瞳は開かれる。
「どうだ?」
「……街のね」
 悲しみを帯びていた瞳。
 泣き止んだばかりだというのに、また涙が流れてしまうような傷ついた瞳がそこにはあった。
「〝みんなが騒いでる〟……」
「そうか……」
 ずっと包み込んでいた手を離し、今度は朋音の肩に置いて引き寄せる。
 泣かないでくれ、と言っているかのように―――――……。

「頭に傷ねぇ……」
 人参の皮を剥きながら、横目で傷の場所をみる先輩。
「いやァ、手に大けがなくて本当に良かったスよ」
「そうじゃねぇだろ」
 もし手に怪我でもしてしまったら、仕事が出来なくなってしまうからであろう。
 無事でよかった。そう呑気に手の心配をしている仁樹。そんな彼の足を先輩の長い足が軽く蹴った。
「アホかお前。頭だぞ、頭。たく……、今日は無茶するなよ」
「大袈裟な。大丈夫ッスよ」
「ここで無茶して倒れでもしたら、そのあと俺が大変なんだよ。黙って先輩のいうこと聞きやがれ」
「……うッス」
 口調や態度が乱暴でも、彼なりに仁樹のことを心配しているのだ。
 そんな先輩の思いに気付いたのか、仁樹は短く返事を返した。
「しかし、昨日の爆発騒ぎで今日も客足が減るのかって思うとよぉ……」
「今回は、ホールのメンバーだけで押さえられますかね……」
「わからん。ただ、すげぇ疲れることになんのは確かだ」
 これから起きる面倒事にお互い溜息を付きながらも、被害が少ないことを願う。
「あー!考えてもしょうがねぇ!まずは仕事だ仕事!!」
「先輩。ジャガイモがもうすぐで終わりまスんで、次は玉ねぎやりますね」
「そうか。じゃぁ、頼む。俺は……―――!?」
 言葉は続かなかった。

〝続けられなかった〟。

「きゃぁぁあああああああああ!!!」
「―――!?」
 突然、裏口の方から大きな爆発音と女性の悲鳴が聞えてきたのだ。
「なんだ!?」
 素早く手に持っていたものを置き、二人は裏口へと駆けていく。
 扉を体当たりするように開ける仁樹。
 本日の天気は霧雨。皮膚に水滴が纏わりつく感覚の中、すぐさま周りを確認する仁樹。
 焦げ臭い―――!
 続けて出てきた先輩は悲鳴を上げたであろう、すぐそこの表通りで蹲っている女性へと近づく。
「おい、どうした!?」
 見たところ怪我をしている様子は無い。突然の爆発で驚いて震えた身体で女性はゆっくりと指をさした。
「いきなり、そこにあった袋が爆発して……!」
 指さしたところには爆発したため袋はなく、焦げ臭いにおいを一番に漂わせていた。
 そして、そこから広がるように無数の欠片が広がっている。
「連続犯罪者……!」
 何か視線を感じる。奥の裏通りへと身体ごと向ける。
「……!」
〝物陰で動く何かが動いた〟。
「先輩! その人を頼みます!」
「おい!?」
 先輩の返事も待たずに、仁樹はその動いた何かを追いかけるために走り出した。
「……たく、無茶するなっていったばっかだろ」
 全く自分のいうことを聞かない後輩に、先輩の口から溜息が零れた。

 門を曲がった瞬間、その『何か』がすぐにわかった。
 全身黒ずくめの服を着た〝人の後姿〟。
 それも逃げるように走っている。
 間違いない、犯人だ―――!
 逃がすものかと、犯人に向かって走っていく仁樹。
 背格好からして男、だろう。遠く身体が、背はそんなに高くはない。
 帽子を深く被っているせいで顔は見えないが、後ろの様子が気になるのか、何度も顔だけを振り向いて見てくる。
 犯人よりも、仁樹の方が足が速かった。
 足の回転数を上げ、どんどん犯人に追いついていく。
 それに気づいた犯人は、逃げる途中でゴミ箱や立て掛けてあった木材などを次々と倒していき、仁樹の追跡を邪魔してくる。
 仁樹はそれらを飛び越えるなど、まるで慣れたような動きでかわしながら追いかけていく。
 次に、裏通りをジグザグに曲がりながら犯人は逃げていく。しかし、離れるどころか、距離は縮まっていく一方だ。
 なんとかして追ってくる仁樹を振り切ろうとするが、上手くいかない。
 また雨によって濡れた地面は走りづらく、水たまりに滑りかけそうになる犯人。それでも腕を大きく振り、逃げることを諦めていない。
 対する仁樹は、滑りやすいところを見事に避けながら追い続けていく。
「待ちやがれ!」
「……!!!」
 息が切れかけている相手とは違い、そんな様子を全く見せない。
 しかし、滑ってしまう恐れを考えてこれ以上加速することが出来ない。
 先程よりも距離が小さくなっているのはわかっている。ならば、あとは犯人の体力しだい。持久戦だ。
 体力には自信がある仁樹に対して、犯人の体力は既に限界へと近づいていた。
 それでも、捕まるわけにはいかないと身体に鞭を打ち動かし続ける。
 犯人はもう一度だけ角を曲がり、そこで持てる力を全て出し切り、今度は真っ直ぐに走り出した。
 仁樹も追いかけて角を曲がる。追いかけ始めた時よりも大きく見える犯人の背中を視界に入れる。
 犯人が真っ直ぐ走る先にあるのは、表通り。今度は人ごみに紛れて逃げるつもりだ。
 そうはさせない。幸い、この道は濡れていないと瞬時に見て理解し、加速させる。
 距離は瞬く間に小さくなっていく。
 もう少しだ―――!!
 腕を伸ばして届く距離になる。後ろを気にせずに走り続ける犯人はそのことに気付かない。
 あと一歩。あと数メートル。あと数秒―――。
 入った―――!
 瞬時に確信し、その逞しい腕を犯人へと伸ばした―――が、

「―――ぐッ!!!?」
 刹那――――、
〝突然刺さるような鋭い頭痛が仁樹を襲う〟―――! 
 そのあまりにもの痛さに、伸ばした腕は犯人には届かず空を掴み、そのまま膝を付いてしまった。

 そして、次の瞬間。

「……―――!?」
 派手に物が壊れる音が〝前方より聞えた〟。

「……え?」
 突然の痛みはその一瞬のみ。既に感じていない。
 そして、いま自分の目の前で起きていること……。
「嘘だろ……」
〝落ちて、破片が飛び散っている看板がそこにあった〟。

 もし、あのまま自分が犯人を追いかけていたら―――……。

 突然の出来事でぼー、とする頭。だが、はっ、として覚醒させる。
 慌てたように立ち上がり、裏通りよりも明るい表通りへと走り出した。
 数秒である突然の出来事。だが、その数秒は犯人が逃げるには絶好の時間だ。
 すぐに表通りに出て辺りを見渡す仁樹であったが、しかし、いくら探しても黒ずくめの者を見つけることが出来なかった。
 様々な色を帯びた服を着た人々が街の中を歩いているだけ。
「クソッ……!」
 コンクリートの建物に拳をぶつけ、寄りかかる。
「逃げられた―――………!」








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