神と罪のカルマ 『辛い』ディナーを召し上がれthird【01】



「世界は滑稽だと思わないか?」
 それはまるで王が愚臣へと見下すように話しかける言い方だった。

 一度だけ。たった一度だけ、その姿を見れば忘れることは決してないだろう。
 彼の存在は見た者すべてに焼き付ける。
 目。鼻筋。口元。どれ一つ欠点が無い、端正な顔立ち。
 「美しい」、「カッコいい」という表現さえ、彼の前では無礼と思えてしまう。無駄のない、完璧な容姿。
 何よりも印象的なのは、その整った口で作る妖艶な笑み。それを見ただけで女性たちは心を乱され、騒ぎ立ててしまうであろう。
 『絶世なる美青年』―――。
 残念ながら、それ以上に彼の魅力的な姿を表現できる言葉が無い。言葉に出来ない。
 だが、これだけは言える。
 『忘れる』という、『愚かなこと』は誰もがしないであろう―――――。

「世界なんてものは大層なものではない。我が所有物の人間と同じ、自分勝手で理不尽な存在―――」
 しかし。彼の整った口から出されたものは世界平和を望むような綺麗な言葉ではなく、『世界を愚弄する』といったその姿から想像が出来ないとんでもない言葉の数々であった。
 長い足で優雅に歩き、平然と世界を愚弄して続ける青年。神をも恐れない言動とはまさにこのことか。……いや、そもそも恐れる対象などこの青年にはないのかもしれない。
 先程、彼を王と例えたが彼は王ではない。そもそも王の地位ですらも彼にとっては取るに足らない、鼻で笑ってしまうようなどうでもいいものである。

 国の最高位を虚仮にする青年。彼は何者か――。

 前述で語った。『神をも恐れない言動』。
 神をも恐れない、ということはそれよりも上の存在か同等である存在か、だ。
 神より上の存在。神の中での地位を抜けばそんなもの存在しないであろう。
 故に答えは一つ。

〝彼自身が『神』であることを決定づける―――〟。

 全ての者が畏れ、願い、望む。穢れ無き、気高き、白き存在である『神』であることに────。

「だって、そうではないか。まるでお遊びのように〝『世界の愛し子(いとしご)』の魂を生成し、呪いをかけ、ついには『死の瞬間』を見る力を授けた〟。これが笑わずにいられるか?」
 まるで人形遊びだ、と神は嘲笑した。

 『世界の愛し子』―――それは本能的に世界を愛し、同時に世界に愛された存在を表す言葉。
 実際、『愛し子』の魂を持って誕生した人間は赤ん坊のころからまるで親が我が子を慈しむように世界から最高級なものを数多く与えられ続けている。
 時には誰もが羨む丈夫な髪を。時には宝石のように輝く瞳を。時には聞き入ってしまうような声を。
 姿だけではない。愛し子が自分の未来にて「なりたい」と願ったことであれば、その為の才能を授けることだって世界には容易なのだ。
 故に世界の寵愛を受け続けた愛し子は生まれてから死ぬまで全てに恵まれ、その身と心は成長していくたびに美しさと慈愛を増していき、同時に世界を愛する想いも増していくのである。

 ここまでだと魂を持って生まれたことがすでに幸福であり、何の不安があるかと思われるだろう。だが、それは〝他者の意見〟。
 神は述べた。『世界の愛し子』の魂には〝呪いが掛けられている〟、と――。
「特に魂に刻まれた呪いだ。 〝最愛の者を作らせない〟……単なる子離れを出来ない親の様ではないか?」
 そう――世界は愛し子の魂に〝全てに慈愛の心を持ち、一番の愛を持たないという『愛の呪い』〟を掛けたのだ。
 神のいう通り、世界は大切に育てた愛し子を誰にも取られたくなかったのか。或いは、大切に育てた愛し子だからこそ皆のものだと言いたかったのか。
 どんな想いで世界が愛し子の魂に呪いをかけたのかはわからない。そして、この謎は人間では解けないのであろう。
 何故なら、〝神ですらこの謎を解くことができないのだから――――〟。
「呪いが故に、愛し子の魂を受け継いできた者は本当の愛を知らないまま常にこの世を去っていった」
 けれども、愛し子は生まれた時から世界によって幸運の持ち主であり、つまり周りから常に愛される存在である。本物の愛を知らなくても常に幸せな生涯を全うしていったと考えることができる。
「呪われていても幸せ。これも滑稽な話だ……だが、もっと滑稽な話が〝目の前にある〟」

 神は足を止めた。  その場で優雅にゆっくりと腕を上げ、いま己の〝目の前にいる存在〟をその瞳に映して指差して口元を笑わせる。
 妖艶な笑みではない。背筋が凍り付くような歪んだ笑みで。


「どうやら、この呪いは〝世界が認めた存在〟にしか効かないらしい。そうでなかったら、〝現『世界の愛し子』の魂を持つ朋音がお前を『最愛の人』と言うわけないだろう〟。 なぁ――……?」






「〝世界から除外された仁樹さん――――……?〟」
 







←BACK  CLOSE NEXT→

inserted by FC2 system