神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれthird【02】



「とぅ!!」
「痛ェ!?」
 場所は料理店、グーテンターク。休憩室にて本日の賄い食を食べていると突然仁樹は後ろから襲撃された。
「いきなり何するんスか、先輩!?」
「あー? 説教?」
「なんで疑問形……」
 敵は案の定、今回の賄い食当番の雅治。チョップによってダメージを与えられた頭を押さえている仁樹を見下ろしながら彼は首を傾げる。
「だってよー。仕事に支障は無かったとしてもお前ずっと怖い顔してたんだぜ。だから、頭にでも一発かましてやれば直るかなぁと」
「知ってます?さっきの一撃で消えた脳細胞のおおよその数」
「大丈夫だ。お前頭いいから少し減っても平気だ」
 なんて無責任な返事だろうか。
 しかし、「怖い顔」をしていたという点については反省しなければならないであろう。その件については自覚があるのだ。
「なんかあったか? 前にも言ったけど話ぐらいは聞けるぞ?」
「いやぁ、大したことじゃないんスよ。ちょっと夢見が悪かっただけで」
「夢見悪くてこんな時間までひきづってれば大したことだぞ」
 それでも話したくないことだと察したのか、雅治はそれ以上夢の話に触れないまま前の席に着いてポケットから手帳を取り出した。賄い食の感想を聞くためだろう。皺や折り目が目立つ手帳を開き、挟めていたボールペンを手に持って仁樹に尋ねた。
「それじゃぁ話は変えて、だ。今回はブロッコリーの芯をメインに使ったんだがどうだ?」
「そうッスねー、多分栄養を考えて固い状態に茹でたんだと思うんスが……!?」
 突然、感想を遮るように休憩室の扉が大きな音を立てて開いた。何ごとかと同様に驚いた雅治と共に扉の方に顔を向ける。そこには顔を俯かせた美佳の姿があった。表情は見えないが、勘違いでなければ肩が震えている。それも怖い意味で。
「せ、先輩、どうしたんスか?」
「……」
 仁樹の問いかけを無視し、そのまま美佳は驚いている二人などには目もくれずに大股で休憩室の窓に近づいた。彼女の醸し出される何とも言えない雰囲気にそれ以上何も言えないまま二人して黙ってその行動を見ていると、扉と同様に音を立てるほど勢いよく開きって大きく息を吸った。
「リア充死ねぇぇぇえええええええええええええええ!!!!!!」
「「!?」」
 肺一杯に吸った息を全て吐くかの如く、美香は外へ向かって叫び出したのだ。
「なーにが『彼氏できました💛』だ!!『最高に幸せです♪』だ!!勝ち組かコノヤロがぁあああ!!あたしだってその気になれば出来るんだよ!! バカヤロぉぉぉおおお!!!」
「先輩ストップ! 落ち着いて!」
 一瞬、叫び声に怯んでしまったが嫉妬丸出しの叫び声など近所迷惑どころでは済まない。まだ叫び続ける美佳を仁樹は殴られながらも頑なに窓枠を握る手を何とか外して窓から遠ざけ、その隙を狙って雅治が窓を素早く閉めて施錠をした。調理場組の見事なファインプレーだ。
「何してんだよお前!?近所迷惑考えろ!!休憩中にファインプレーさせやがって!!」
「うっさいわね!!殴るわよ!!」
「俺もう殴られてます」
 殴られながらも、いまだに暴れ続ける美佳を羽交い絞めしながらなんとか落ち着かせようと奮闘する仁樹。現在、店長が不在で良かったと思いながら声を掛けるも美佳は聞く耳も持たずに「リア充死ね!!」と繰り返し続けている。
 すると、雅治の容赦ないチョップが美佳の脳天を襲った。
「いいから落ち着け!!」
「いだっ!?」
 女性でも容赦ない攻撃に流石の美佳も暴れるのを止め、頭を押さえてその場に座り込んだ。しかし、怒りの心は収まらないらしく涙目になりながらも見下ろしてくる雅治を睨み付ける。
「何すんのよ!?」
「うるせぇ。自分の勝手な都合で大暴れして人殴りやがって、ちっとは反省しやがれ」
「あんただって、自分勝手に人殴ってんじゃない!?」
「俺は人の為に殴ってんだよ」
「なんつー返しだ……」
 自信満々に自分の行いを棚に上げて答える雅治に仁樹は呆れた目線を送った。一方、美佳は痛みで再び暴れる気が失せたのか、疲れた体ででゆっくりと立ち上がって近くにある椅子へと腰を下ろした。
「で、おおよそ想像はできるんスが、どうして叫んだりしたんスか?」
 立っていた二人も椅子に座り、茶を淹れ、茶菓子を勧めるなどをして落ち着いて彼女が会話ができるような雰囲気を作り出す。羽交い絞めやチョップを喰らわしたとはいえ彼女や妻を持つ者同士、女性の扱いには慣れている。美佳も二人の行動に甘え、茶を一口飲んで少し時間をおいてから口を開いた。
「……友達に彼氏ができた」
「それは……」
「流れ的に分かった」
 友達に彼氏ができたことは分かっている。それに嫉妬したことも分かっている。そして、彼女が嫉妬で泣くタイプではなく怒るタイプであることも、その悲しみや辛さを口に出したい性格であることも二人は知っている。静かに彼女が話すのを待っているとその優しさを理解している美佳が制服のポケットからアイフォンを取り出し、操作してから画面をこちらに向けた。
「彼氏できたのはいいんだよ~、『おめでとう』って、素直に言いたいんだよ~。……でもさ~、『彼氏早く作りなよ(笑)』ってのはちょっと酷くない~……」
 向けられた画面には幸せそうに顔を寄せ合う一組のカップルの画像が一枚と、それに続くいくつかのメッセージが表示されている。どれも可愛らしい絵文字やらが一緒に打たれていて、相手が幸せあることが見て感じられる。だが、やはり美佳の言葉通り、彼氏のいない者にとってはやや無神経な言葉が所々に見つけられる。
「こりゃぁ、ちょっと酷いッスね」
「つーか、彼女とか彼氏できた奴ってなんでこう勝ち組みてぇなノリになるんだろうな」
 実際、恋人ができることはとても嬉しいことだろう。自分の人生の中で愛した者と時間を共にして過ごしていくのだから、『幸せな時間』を手にしたと同じ事である。しかし、その幸せをどのように相手に表現するかは別の話だ。
「恋愛の話の利き手って奴は大きく『憧れ』と『嫉妬』の二つに分かれると思うぜ。自分もいつかこういう恋愛してみてぇーとか純粋に思えたら『憧れ』だけどよ、美佳みてぇに怒って『嫉妬』するタイプには言葉を選ばなきゃいかねぇと」
「なんか人のこと爆弾みたいに言ってな~い?」
「因みにそんな自覚はねぇの?」
「……ある」
「けど、今回は先輩の性格だけじゃなくて相手も悪ィと俺は思いますよ。読んでいて少し無神経だ」
 相手は「おめでとう」って言って貰いたいんだろうが、幸せの気持ちに埋もれ過ぎて配慮が少々掛けている。これが電話などの会話で言っていたのだとしたらイントネーションなどで解決は出来たのだろうが、メッセージ、つまりメールでの会話では誤解が生じることもある。例え、友人に早く『彼氏のいる幸せ』を知って貰いたいと思った言葉にしても、大げさかもしれないがもう少し慎重に選ぶことが大切だ。
 万人が『不快』だって思わない言葉なんて存在しない。だから、言葉は難しいのだ。一度吐き出した言葉は取り返しのつかないものとなる。
「ねぇ、仁樹……ごめんね」
 傷付いた彼女を仁樹が気にかけていると美佳の方から声を掛けられた。口にした言葉はきっと暴れた際に自分を殴ったことへの謝罪。沈んだ声は心の傷と同時に申し訳なさでいっぱいに聞こえた。
「大丈夫ッスよ。俺、丈夫なんで」
 それでも、彼女は謝ってくれた。沈んだ声でありながらも自分の行いを悔いて謝罪してくれたのだ。
 言葉は怖い。けれども、意思を伝えるにはどうしても無くてはいけない諸刃の剣。己に向いた刃が己を傷つけようとも、必ず必要となるもの。
「うん……ということで、許して貰ったついでに悪いんだけど、傷付いて可哀想なあたしの為にあんたと同学年で背も大体同じで運動神経が抜群に良くて、髪が長くて、いつもニコニコと笑顔が眩しい裏の性格なんてまるでないような優しくてカッコいい、普段服はジャージだけどそれがもう似合っていて、でもちゃんとした場所ではオシャレに決めちゃうしっかり者の正義感溢れる名前に『海』って付くような道場の跡取り息子の親友を紹介しなさいよ」
「それどう聞いても海琉以外に誰も思いつかないんスッけど」
 先程までのシリアス染みた空気は何処に行ったのか。落ち込んでいた姿から一転、真剣な表情になると思いきや相手丸わかりの特徴を饒舌に説明し始めた彼女に、仁樹もまた先程の空気と一転、真面目顔できっぱりと返答した。
「そりゃぁ、海琉君のことだも~ん」
「海琉がお気に入りなのは知ってまスッけど、あいつは無理ッスよ」
「分かってますよ~。海琉君には華花菜ちゃんがいるもん。それでも、もし付き合えたら幸せじゃん」
「付き合うっていったらお前よ、いままで付き合ってた男とは寄り戻そうとか思わねえの?」
「あー無理無理無理無理。無い無い無い無い。だって、浮気やらクラブ通いやらどーしよも無い男ばっかだったんだよ!そうじゃない男もいたけど、なんか『性格合わない』って言って勝手にプッツンされたりとか」
「なんつーか。男運無いッスね、先輩」
 もはや同情の域に達してしまう程の男運の無さ。しかし、これを笑い話として話すことが出来るのだから美佳は存外タフな精神の持ち主と言えよう。
「でもね~、今回は別れたばかりでちょっと傷付いちゃったから……男が欲しいっていうより、癒しが欲しいんだよね~」
「そんな癒しの欲しいお前にお勧めなやつがあるぜ」
「へ?」
「こちらなんかどうでしょー」
 まるでテレビショッピングのナビゲーターが商品を勧めるような言い方で、雅治は傍に置いてあった自分の携帯を開いて画面を美佳へと向ける。
「傍にいるだけで疲れた心を癒してくれる可愛い子猫だぞ」
 その言葉の通り、画面には可愛く身体を丸めている生まれて二ヶ月程度の子猫が映し出されていた。
「言ってることは正しいんスけど顔が悪徳商売人なってますよ、先輩」
「うるせぇ!」
「この子、前に仁樹が貰い手探してた子じゃん」
 写真の中の子猫。先週、仁樹の弟である灯真が学校帰りに友人達と拾い、こっそり神社で育てている子猫、この写真は弟達をこっそりと尾行していた海琉によって取られたものである。
「アニマルセラピーだっけ?まぁ、こいつを飼えば心の癒しになること間違いないぜ」
「きゃー可愛くて心の癒しになるって一石二鳥って言いたいけど、無理だから。ウチの父さんが『猫は家を駄目にする』って言って反対しまくってるから」
「やっぱり駄目ッスか」
 灯真が子猫を拾った日から、仁樹達は仕事場の人に聞きまわって何とか貰い手を見つけようとしているのだが全て惨敗に終わっている。美佳は父が許してくれなく、雅治や料理長夫婦の住まいは仁樹と同じくペット禁制。希世の家も鯉や熱帯魚などの魚類が多くいる為に飼えない。その他従業員も同じような理由で飼うことが出来なく、唯一の頼みであった和成といえば……
「あれ?皆さん、どうしたんですか?」
「おー、和成。実はなー」
 暑さと仕事で浮き上がった額の汗を腕まくりした腕で拭いながら休憩室に入ってきた和成。雅治はそんな彼への顔面へ携帯の画面を向けた。
「へっ……!」
 その画面に映る子猫を認識した途端、和成の顔色が変わった。額からは暑さでも仕事によるものでもない汗が浮き上がる。
「む、無理ですからね。前も言いましたけど、僕は無理ですからね!」
「お前、これを機に猫嫌い治してもいいんじゃないか?」
「というか、もはやこいつのは猫恐怖症ッスけど」
「無理なもんは無理です!!」
 猫嫌いを遥かに通り越した猫恐怖症である。話によると、幼い頃に顔面を猫に引っ掻きまわされて大怪我をしたことから恐怖心を持ってしまったらしい。
「それなのに猫に好かれるって良く分かりませんよ!」
「俺はなんか羨ましいけどな」
「お前ってホント生き物に好かれないもんなぁ」
 そんなこんなで。子猫の貰い手が見つからなく、仁樹や協力者含め途方に暮れた状態である。
「あとは朋音達の方に期待するしかないか」
「一応こっちでも探しては見るがよ、正直あんまし期待は出来ねぇ」
「それでも、探してくれるだけ凄く有難いッスよ」
 いくら灯真達や隠れて海琉が世話をしているからと言って限界はあるのだ。
 夏はどんどん暑くなっていく。少しでも早く子猫が快適に暮らせる家に引き取られることを祈りながら、仁樹は再びフォークを握って放置していた賄い食を食べ始めた。
 







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