神と罪のカルマ2 『辛い』ディナーを召し上がれforth【01】




「縁さんが何処にいるか知らない?」

 その言葉に眉間に皺を寄せ、あからさまに不機嫌な表情を仁樹は見せた。そんな彼の表情から察しがついたらしく、聞いてきた相手は苦笑いを浮かべて「読書の邪魔をしてごめん」と謝って教室を去っていった。去り際に、相手の友人らしき人物が「だからやめとけっていったのに」と声に出していた。
 時刻は昼休みを少し過ぎた頃。高校の昼休みは何処も変わらず賑やかで友人同士、仲の良いグループで会話をしながらお弁当を食べている者もいれば校庭や体育館で球技を楽しんでいる者、勉学に励む者、趣味に没頭している者と多くの者たちは各々自身の過ごしたい方法で時間を満喫していた。
 仁樹も周りと同じく、登校時にコンビニで買った菓子パン数個と飲み物を空腹であった胃に詰め、途中であった読書の続きをして自分の時間を過ごしている。いつもなら、「一緒に食べよう!」と自分の許可なく前の席に座り、一方的に話し掛けてはいつの間にか相手のペースに乗せて会話をする形に持っていくとんでもない男がいるのだが、今日は休み時間が始まってから一度も自分の所には来ていない。大方、彼の双子の妹がいる教室に行ってそのまま一緒に食べているのだろう。今日の彼は、久々に自分だけの昼休みを過ごすことになった。
 高校生時代の仁樹は色々な種類の本を読んでいた。時代物、ミステリー物、ホラー物、SF物にエッセイ物まで。とにかく本というものは全部読むといったように、放課後には図書館に入り浸るほど本の世界に目を向けていた。
 しかし、活字中毒と表現できそうなほど本と向かい合っていることの多い仁樹だが、決して彼の趣味は『読書』ではない。
 彼にとって、読書は『勉強』なのだ。
 感情移入することなく、関心することなく。ただ、本に書かれていることを「そういうものなのか」と勉強していくだけのもの。
 話は戻るが、その『勉強』を遮られて訪ねてきた者に見せた表情。これについては『勉強』を邪魔されたことに怒ったのではなく、訪ねてきた『内容』に仁樹はイラついたのである。

 縁 朋音。
『学校一の美少女』。
『我が校のマドンナ』。
『朋音お姉さま』。
 将来『絶世の美女』と称されることとなる彼女は高校生時代から既に全生徒の憧れ的存在であった。
 その存在は圧倒的で、『朋音だから』という理由で全校の女子生徒に一度も嫉妬されることもなく、校内には本人が知らないうちに男女関係なくファンクラブや親衛隊ができるほど。もしストーカー紛いなことをする奴が現れれば彼女の親友を筆頭に女子大人数で懲らしめてしまう。
 学校中の生徒に愛されている朋音。しかし、そんな彼女に唯一、嫌悪感を抱いている存在いた。
 それが仁樹だ。
 彼は高校三年生の中途半端な時期に転校生してきた。それだけでも十分目立つというのに、初日に彼の教室に遊びにきて話し掛けてきた彼女に彼は一度だけ目を合わせた後、ハッキリと言ったのだ。
「うるせェ。帰れ」
 周りからしたらとんでもない発言だった。この時ばかりは時間が止まったと言っても過言ではない程、全員が仁樹の発言に驚き動かしていた身体を止めた。しかし、当の本人は周りの事など気にせず、暴言を撤回する事なく肘を付き、顔を手に載せて外ばかりを見ている。朋音もまた「そっか。うるさくしてごめんなさい」と言って頭を下げた後、そのまま自分の教室へと戻っていった。
 朋音が去った後、教室内での仁樹へ向けられる視線と言葉は酷いもので教室内にいるものの殆どが攻め立ててくるものの仁樹はどこ吹く風の様に教師が教室に入ってくるまでずっと外を見ていた。
 初日に朋音に暴言を吐いたことを切っ掛けに、仁樹はその後一部から教科書を破かれたり靴を隠されたりなど悪質な嫌がらせに合うこととなるのだが、これについては実は一週間もしないうちに解決することになる。
 そして、周りの者たちが仁樹の暴言に続いて驚いたのは朋音の行動である。あんな暴言を吐かれたにも関わらず、朋音は次の日も彼に会いに来たのだ。勿論、また暴言を吐かれることになるが、彼女はめげずに何度も次の日も次の日も会いにくるようになった。
 その姿を見てなのか二人の関係は夏休みに入る前にはすっかり学校の名物と化していて、周りの者たちも「またか」と思えるようになってきたのであった。

 先程のような『内容』だが、仁樹はたまに尋ねられることがある。流れとしては、まず朋音を見つけられないので彼女とよく一緒にいる彼女の親友に訪ね、親友が知らなければ同じく一緒にいる親友の兄に訪ねる。その兄も知らなければ自分に回ってくる。彼女がよく訪ねてくるためか、仁樹もまた『朋音と一緒にいる』と周りに認識されているのだ。
 何故、自分が彼女のいる場所など知ってなければいけないのだ。周りの認識にまたもや眉間に皺を寄せながら仁樹は本のページをめくる。本の内容は動物もので、恋人が最後に残していってくれた猫との物語。動物に好かれないが故にか、仁樹は書かれている人物や動物の行動がよく理解できなかった。特に、自分には飼うことができないと親戚へと手放した猫が飼い主を探し出し、犬の様に忠実に玄関で待っている場面についてだ。知識でしかないが猫の習性上、あり得ないと仁樹は完全否定をしている。「命の大切さを知る」という帯に書かれた宣伝文句に勧められるがまま買ったが、これは『勉強本』としてはハズレだったかと静かに溜息を吐いた。 その時だった。

『――――――――』

「……!」
 突然、耳元で聞えた声に仁樹は本から顔を上げた。当時の彼には珍しく、目を見開くという『感情』表現であったが、幸い彼を見ている人は誰もいなかった。……いや、"誰もいなかった〟とは語弊ではあるのだが、確かにこの教室にいる生徒や先生は彼のことを見ていなかった。
 仁樹はそのまま固まっていた。しかし、暫くして見開いた目を閉じて先ほどとは違って、何かに観念したような長い溜息を吐いた後、呟いた。
「わかったよ……」



 校舎裏には一部、死角となる草木が生えている場所がある。通常、特別な理由が無い限りは誰も近づかないであろう場所に彼女――朋音はしゃがんでいた。
 そして、何の偶然か。しゃがんで、彼女は猫を可愛がっていた。
「最近、この時間になると此処にいるんだ~」
 突然、自分と猫しかいないと思っていた空間に現れた仁樹に彼女は驚きながらも笑顔で受け入れた。だが、猫は彼のことを受け入れてくれなかったため、仁樹は少し離れた場所にある木に腕を組んで寄りかかりながら「そうか」と短く返した。
 彼女が買ってきたであろう猫缶を一生懸命頬張る猫。その姿を楽しそうに彼女は見つめていた。
 此処は、夏の太陽の日差しを遮って涼むのに丁度よかったのだろう。下で丁寧に猫缶綺麗にしながら食べ終えた猫の頭を朋音が撫でると嬉しそうな鳴き声を出して甘えてくる。
「双子は知ってるんか」
「ううん。でも、近いうちにバレちゃいそうかな」
 怒るだろうな~、と困ったように笑いながらも猫を撫でる手を休めることは無かった。そんな彼女の姿に大概の人間は「可愛い」だの「優しい」だの微笑みながら言葉を溢すかもしれないが、仁樹はそんな彼女の言葉に眉を潜めた。
「無責任じゃねェか?」
 その言葉に朋音は撫でる手を止めて、ゆっくりと仁樹の方へと振り返る。仁樹の方はそんな彼女の顔を見ず、猫の首元を確認した。首輪が付いていないことから飼い猫ではないが、それにしては毛並みが野良猫とは言い難い。
 彼女もわかっている筈だ。猫が捨て猫であることが。
 人間の勝手な都合で飼われ、捨てられた存在。それを彼女の『慈愛』といった〝自分勝手な都合〟で餌をやってこの場所に懐かせて。
 それを『無責任』以外、どう言い表せればいいのか。
「家に連れて帰らないのか」
「家には、小鳥が沢山いて飼えなくて……」
「じゃぁ、ここで飼うつもりだったのか。これから一か月以上もの長期休みがあるのにか?休みの間も毎日学校に来るつもりだったのか」
「それは……」
「ほら、見ろ」
 無責任だ――――と。
 仁樹の鋭い言葉が突き刺さり、彼女の目が揺らぐ。きっと、何処かで彼女自身も思っていたのであろう。このままではいけない、と。自分が飼えない以上、無責任な行動をしてはいけない、と。それでもこうして関わっていってしまうのは彼女の『本能』か。
 顔を俯かせ、猫を撫ぜていた手をゆっくりと放してぎゅっとスカートを握る。それは、自分の『本能』を『理性』で押さえられない悔しさの表れか。彼女の身勝手な愛に仁樹は呆れたように溜息を吐いた。
 ―――しかし、ここで彼の言葉に負ける朋音ではない。

「だったら、飼い主を捜します」

 勢いよく顔を上げ、そしてハッキリと答えた。言葉と、その瞳は仁樹の瞳を射抜くように真っ直ぐ、まるで負けるものか、とでもいうような力強く。
 その言葉と瞳は一瞬、けれども確かに仁樹の『感情』を動かした。

 彼は彼女に、〝怯んだ〟のだ。

 仁樹はそんな自分には気付かなかった。しかし、次に表した表情は不機嫌そのもので「簡単に見つけられると思っているんか?」と厳しい言葉を口から吐き出す。けれども、彼女は一歩も引かない。簡単ではないことを踏まえて、「探し出してみせる」と言い返した。
「確かに、まだ安全じゃないから範囲も決まって夜遅くまで出歩けないけど」
「ほォ、〝嫌味か?〟」
「その『嫌味』を言わせたのは仁樹君でしょ?」
 絶対に負けない。立ち上がった彼女の全身から溢れ出す感情に、こちらも負けないとでもいうように仁樹も厳しい言葉を放っていく。
「絶対に見つかるもんか」
「絶対に見つける」
「甘すぎる考えだ」
「仁樹君がマイナス思考なだけ」
「お前は馬鹿だ」
「なら、仁樹君も馬鹿だよ」
 ―――いや、これは最早『厳しい』というよりも『悪態』である。
 しかし。当時の二人は己の意見をぶつけることに夢中で気が付かなかったが、普段大人しく穏やかであり、相手の悪口など言わない朋音にここまで言わした存在はきっと仁樹が始めてであり、今後とも仁樹だけであろう。まさか、彼女の意外な一面を彼女に嫌悪感を抱く彼が引き出すとは誰も思っていなかったであろう。


 のちに、仁樹と朋音は二人してこう語る。
 自分もそうだけど、相手も相当な負けず嫌いだった――――、と。


 だが。このあと『予想外の人物たち』が二人の会話に介入することで、仁樹も朋音と後に加わる双子との四人で捨て猫の飼い主探しをすることとなることを悪態を付く彼は全く予想していなかった。








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